憲法:表現の自由の制限(猥褻表現)  司法書士試験過去問解説(平成18年度・憲法・第3問)




平成18年度司法書士試験(憲法)より。正誤問題の選択肢。設問全体については、憲法:自由権と社会権

  •  「わいせつ物頒布罪を定める刑法第175条は,性的秩序を守り,最小限度の性道徳を維持するという公共の福祉のための制限であり,表現の自由の保障に反しない。」という場合,「表現の自由」は,(a)[自由権]の性格を有するものとして用いられている。


刑法175条は猥褻物頒布罪を定めています。

わいせつな文書、図画その他の物を頒布し、販売し、又は公然と陳列した者は、2年以下の懲役又は250万円以下の罰金若しくは科料に処する。販売の目的でこれらの物を所持した者も、同様とする。

「わいせつな文書、図画その他の物」というのも、猥褻であったとしても表現物であることには変わりませんから、それを頒布・販売・公然陳列・販売目的での所持を犯罪とするということは、憲法21条の

集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。

に抵触するかどうかが問題になってきます。
憲法は、憲法が保障する権利であっても、それを制限する原理を憲法の中にもっています。それが、「公共の福祉」です。憲法12条には

(前略)国民は、これ[=この憲法が国民に保障する自由及び権利]を濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

とあり、また13条には

生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

とあります。重要なのは、何がこの「公共の福祉」に当たるかということであり、選択肢にある「性的秩序を守り,最小限度の性道徳を維持する」というのはチャタレー裁判の判決で示された判断です。
それはともかく、「表現の自由」と書いてあることからもわかるとおり、ここで問われているのは、国民の表現活動に対する国家の「不作為」(=処罰しない)を求める権利があるかどうかですから、これは「自由権」であり、選択肢エは正解です。



憲法 第四版
性表現の規制については、刑法175条のわいせつ文書の頒布・販売罪に関し、最高裁は、チャタレイ事件の判決以来、一貫してこれを合憲としている(中略)
最高裁は、「わいせつ文書」とは、(1)徒らに性欲を興奮または刺激せしめ、(2)普通人の正常な性的差恥心を害し、(3)善良な性的道義観念に反するもの、と定義したうえ、刑法175条は、性的秩序を守り、最小限度の性道徳を維持するという公共の福祉のための制限であり、合憲である、と判示した



芦部信喜 『憲法 第四版』 178-179頁

憲法〈1〉
刑法175条の合憲性に関して、最高裁は、憲法12条、13条の「公共の福祉」を根拠に刑法175条が憲法21条に違反しないと判断している。「公共の福祉」の内容は、「性的秩序を守り、最少限度の性道徳を維持すること」(チャタレー事件判決)ないし「性生活に関する秩序および健全な風俗を維持する」ため、わいせつ性をもつ文書を処罰の対象とすることが「国民生活全体の利益に合致するもの」ということ(悪徳の栄え事件判決)である。



野中俊彦・中村睦男・高橋和之・高見勝利 『憲法I 第4版』 363頁

憲法
刑法175条でわいせつ文書の頒布・販売・陳列罪を定めていることが憲法21条に違反しないか否かが問題になる。(中略)刑法175条のわいせつ文書の頒布・販売罪に関する最高裁判決は、チャタレー事件判決以来一貫してこれを合憲としており、「徒に性欲を興奮又は刺激せしめ、且つ普通人の正常な性的差恥心を害し、善良な性的道義観念に反するもの」という定義を採用してきた。(中略)最高裁は(中略)、刑法175条は、性的秩序を守り、性道徳を維持するという公共の福祉のための制限であり合憲であると判示した



辻村みよ子 『憲法 第3版』 229-230頁

憲法 (新法学ライブラリ)
この刑罰規定と表現の自由との関係について,いわゆるチャタレー事件の最高裁判決は,出版その他表現の自由は「極めて重要なものではあるが,しかしやはり公共の福祉に制限されるものjであり, 「性的秩序を守り,最小限度の性道徳を維持することが公共の福祉の内容をなすことについては疑問の余地がない」としている



長谷部恭男 『憲法 第4版』 210頁

憲法
猥褻規制の正当性の考察のためにはその根拠を考えねばならない。
チャタレイ事件・最高裁判決は, 「性的秩序を守り,最少限度の性道徳を維持すること」を指摘する。人間を他の動物から区別する本質的特徴の一つとして羞恥心の存在を挙げ, 「性行為の非公然性は, [この]人間性に由来するところの羞恥感情の当然の発露である」とする。しかし,これではあまりにあいまいに過ぎる。性表現行為も21条が保護する以上,対抗利益または保護利益をより明確にしなければならない。



渋谷秀樹 『憲法』 342頁