憲法:裁判所による事前差止  司法書士試験過去問解説(平成15年度・憲法・第1問)




平成15年度司法書士試験(憲法)より。判例の趣旨との合不合を問うもの。設問の全体については、憲法:基本的人権

  • 3  裁判所が,表現内容が真実でないことが明白な出版物について,その公刊により名誉侵害の被害者が重大かつ著しく回復困難な損害を被るおそれがある場合に,仮処分による出版物の事前差止めを行ったとしても,憲法に違反しない。





憲法 第四版
検閲の主体は、公権力である。それは、主として(もっぱらと言ってよいほど)、行政権であるが、裁判所による言論の事前差止も検閲の問題となる。ただし、裁判所による場合は、その手続が公正な法の手続によるものであるから、行政権による検閲とは異なり、例外的な場合(たとえば、公表されると人の名誉・プライバシーに取返しがつかないような重大な損害が生ずる場合)には、厳格かつ明確な要件の下で許されることもある。判例は、結論はこれと異ならないが、検閲は行政権による事前抑制で、絶対的に禁止されるが、裁判所による事前抑制(差止)は、憲法21条1項の表現の自由の保障によって原則として禁止される、というように、両者を概念的に区別している(略)。
(略)
「北方ジャーナル」事件  1979年施行の北海道知事選に立候補予定の者を批判攻撃する記事を掲載した雑誌が、発売前に名誉鼓損を理由に差し止められた事件。最高裁は、仮処分(略)による事前差止めは「検閲」には当たらないが、事前抑制そのものであるから厳格かつ明確な要件が必要だとし、公職選挙の候補者に対する批判等の表現行為に関するものである場合には、一般にそれは公共の利害に関する事項であり、その表現は私人の名誉権に優先する社会的価値を含むので、事前差止めは原則として許されないけれども、「(1)表現内容が真実でなく、又はそれが専ら公益を図る目的のものでないことが明白であって、かつ、(2)被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被る虞があるときは、例外的に事前差止めが許される」旨判示した(略)。例外的に許されるための条件として、判旨は、債権者(名誉権を侵害された立候補予定者)の提出した資料によって(1)、(2)の要件が明らかである場合は格別、原則として口頭弁論または債務者(出版者)の審尋を行い、表現内容の真実性等の主張立証の機会を与えなければならない、とする。



芦部信喜 『憲法 第四版』 185-186頁

憲法〈1〉
北方ジャーナル事件判決(略)は、裁判所の仮処分による事前差止めの合憲性の判断にあたって、「言論、出版等の表現行為により名誉侵害を来す場合には、人格権としての個人の名誉の保護(憲法13条)と表現の自由の保障(同21条)とが衝突し、その調整を要することとなるので、いかなる場合に侵害行為としてその規制が許されるかについて憲法上慎重な考慮が必要である」と判示し、人格権と表現の自由との調整の必要性を明らかにしている。(256頁)



最高裁判例は、前掲北方ジャーナル事件判決において、A説の立場を明確にし、「行政権が主体となって、思想内容等の表現物を対象とし、その全部又は一部の発表の禁止を目的として、対象とされる一定の表現物につき網羅的一般的に、発表前にその内容を審査したうえ、不適当と認めるものの発表を禁止することを、その特質として備えるものを指す」ところの検聞が憲法21条2項で絶対的禁止とされているのに対して、憲法21条1項による事前抑制は、例外的に事前差止めが許されると解しているが、「発表」とか「網羅的一般的に」のように検閲の概念を狭く解釈しすぎている点については、A説の立場に立つ学説からも批判されている。
(略)
北方ジャーナル事件  名誉やプライバシー侵害に対する救済方法の一つである裁判所の仮処分による事前差止めが、憲法21条に違反するかどうかが問題になる。「北方ジャーナル」誌掲載予定の知事選挙に立候補予定者に関する記事が当人の名誉を投損するとして裁判所の仮処分によって同誌が印刷・頒布を禁止されたことに対して、北方ジャーナルから損害賠償が求められたのが北方ジャーナル事件である。前掲最高裁昭和61年6月11日判決は、まず、出版物の仮処分による事前差止めは、個別的な私人間の紛争について、司法裁判所により、当事者の申請に基づき差止め請求権等の私法上の被保全権利の存否、保全の必要性の有無を審理判断して発せられるものであるから、検閲に該当しないとし、つぎに、表現行為に対する事前抑制は、厳格かつ明確な要件のもとにおいてのみ許容されるものであり、その実体的要件として、「公務員又は公職選挙の候補者に対する評価、批判等の表現行為に関するものである場合」には原則として許されないが、例外的に、「その表現内容が真実でなく、又はそれが専ら公益を図る目的のものでないことが明白であって、かっ、被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被る虞がある」ときは許されるとし、事前差止めの手続的要件としては、手続的保障の観点から、口頭弁論又は債務者の審尋を行うのが原則であるが、例外的に本件のように債権者の提出した資料だけで差止めが許容される事由の存在が認められるときは必要でないと判示している。(342-344頁)

野中俊彦・中村睦男・高橋和之・高見勝利 『憲法I 第4版』 256, 342-344頁

憲法
日本国憲法21条2項は「検閲の禁止」を保障しているが、これは、表現活動を事前に抑制することは許されないという原則を示したものである。(略)検閲の主体は、従来は公権力であるとされてきたが、最近では、広く公権力と捉えて例外を限定的に認める広義説(略)と、狭く行政権と捉えて検閲は絶対的に許されないとする狭義説(略)に分かれる。実際には、広義説においても、おもに行政権が主体となるが、裁判所が言論を事前差止することも検閲の問題となりうると解することになる。もっとも裁判所の事前抑制は手続が公正な法の手続によるため、判例も、行政権による検閲と区別して、裁判所による事前抑制は原則として容認されると解している(略)。
(略)
北方ジャーナル事件は、1979年の北海道知事選立候補予定者を攻撃する目的の記事が発売予定誌に掲載されたことに対して、被害者が名誉権侵害の予防として出版活動の禁止等を求める仮処分申請を行い、これが認められた事件である。北方ジャーナル誌側の損害賠償請求を札幌地裁も札幌高裁も棄却したため、仮処分は憲法21条に反するとして上告された。最高裁は、仮処分による事前差止は「検閲」にはあたらないとしたうえで、原則的には事前差止は許されないが「表現内容が真実でなく、又はそれが専ら公益を図る目的のものでないことが明白であって、かつ、被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被る虞があるときは、……例外的に事前差止めが許される」と判示した(略)。



辻村みよ子 『憲法 第3版』 220-222頁

憲法 (新法学ライブラリ)
民事上の名誉段損を根拠とする事前の差止請求は,思想の自由市場への参入自体を遮断する表現活動に対する事前抑制であるだけではなく,表現行為に対して大きな萎縮効果を持ちうる。営利事業として表現活動を行っている者が表現物の販売を差止められれば,事業に多大の支障をきたす可能性がある。「北方ジャーナル」事件で最高裁は,「表現行為に対する事前抑制は,表現の自由を保障し検閲を禁止する憲法21条の趣旨に照らし,厳格かつ明確な要件のもとにおいてのみ許容されうる」との一般論を示したうえで,表現内容が公務員または公選の候補者を対象とするものである場合には,「そのこと自体から,一般にそれが公共の利害に関する事項であるということができ」るため,「当該表現行為に対する事前差止めは,原則として許されない」ものの,その「表現内容が真実でなく,又はそれが専ら公益を図る目的のものでないことが明白であって,かつ,被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被る虞があるとき」に限り,「例外的に事前の差止めが許されるjとしている。



長谷部恭男 『憲法 第4版』 164-165頁

憲法
検閲の概念を判例は,「行政権が主体となって,思想内容等の表現物を対象とし,その全部又は一部の発表の禁止を目的として,対象とされる一定の表現物につき網羅的一般的に,発表前にその内容を審査した上,不適当と認めるものの発表を禁止すること」と定義した。。この定義は,以下の5要素から分析できる。検閲に該当するためには,(1)主体につき「行政権」,(2)対象につき「思想内容等の表現物」,(3)目的・効果を「全部又は一部の発表の禁止」,(4)時期を「発表前」,(5)方法につき「網羅的一般的」,以上すべての要件を充たさね
ばならないとする。そして,これに該当するものは絶対的に禁止されるとする。(略)
裁判所の仮処分による出版差止めはこの定義によると(1)につき司法権の主体であること,(5)につき申立てがあった場合にのみなされることからして,検閲に該当しないことになる。前記税関検査合憲判決後に出された名誉毅損が問題となった事案において,最高裁は,裁判所の仮処分による出版差止めは検閲に該当しないとしつつ,「事前抑制」に該当するから,「厳格かつ明確な要件のもとにおいてのみ許容されうる」とし,差止対象が公務員または公職選挙の候補者の評価・批判等の表現行為である場合は一般に公共の利害に関する事項であるから原則として事前差止は許されないが,「その表現内容が真実でなく,又はそれが専ら公益を図る目的のものでないことが明白であって,かつ,被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被る虞があるとき」は例外的に許されるとした。この判決は,名誉投損の場合に違法性が阻却される要件を定める刑法230条の2第1項の要件を借用して,さらに損害の重大性と回復困難性をみたす場合は表現行為の差止は認められるとしたのである。事前抑制は, 21条2項前段の検閲ではなく,21条1項の表現の自由の問題となり,以上の要件をみたす場合に例外的に許容される。



渋谷秀樹 『憲法』 333-335頁

日本国憲法 第3版
名誉接損やプライヴァシー侵害の表現に対して裁判所が差止めを行うことも,検閲禁止との関係で困難な問題を提起する。
(略)北海道知事選挙に立候補を予定していた被告は,雑誌『北方ジャーナル』に自己の名誉を毀損する内容の記事が掲載される予定であることを知り,その印刷,頒布等を差し止める仮処分申請を行い,札幌地裁はこれを認めた。原告は,これを違憲として,被告及び国に対し損害賠償を求める訴訟を提起した。最高裁判所は,名誉投損に対しては,侵害行為の差止めを求めうることを認め,仮処分による出版の差止めが「検閲」にあたるかについては,個別的な私人間の紛争について司法裁判所が発するもので,「検閲」にはあたらないと判断した。ただ差止めが表現の事前抑制であることから,厳格かつ明確な要件の下においてのみ許容されうるものと判断した。そして,公職候補者に対する名誉駿損の場合は,原則として差止めは許されないと考えるべきだとし,表現内容が真実でなく,またはそれがもっぱら公益を図る目的のものでないことが明白であって,かつ,被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被るおそれがあるときにのみ,例外的に差止めも認められるとし,本件ではこの例外的な場合にあたるとして差止めを支持した。