刑法:法律主義と民主主義  司法書士試験過去問解説(平成9年度・憲法・第23問)




平成9年度司法書士試験(刑法)より。設問の全体は、刑法:罪刑法定主義

  •   罪刑法定主義は,一般に「法律なければ犯罪なし,法律なければ刑罰なし」という言葉で表現され,国家による恣意的な刑罰権の行使から国民の権利を護ることをその目的としている。


罪刑法定主義は、読んで字の如く、「何が罪であり、その罪に対してどんな罰が与えられるのかは、法律で定めて初めて決まる」という考え方のことです。これはつまり、「法律で罪だと定めていないことは罪にならないし、罰も与えられない」ということです。
さて、刑罰を与えるのは国家ですから、もし、このような意味での罪刑法定主義がなければ、国家権力=為政者は、誰でも罰したい人を自由に罰することができてしまいます。なので、罪刑法定主義は、そのような国家権力の恣意的権力行使から、国民を護るものです。

なお、選択肢に書いてある法諺のもとはラテン語

nullum crimen, nulla poena sine lege

といいます。
なのでとりあえず、選択肢アは正しいことを述べています。



この意味での罪刑法定主義は、法律主義と言い換えることもできます。国家権力から国民の権利を護るための法が憲法ですが、憲法31条はこの法律主義を定めています。

  • 31条  何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。

では、罪と罰を定める法律は誰がつくるのでしょうか。憲法41条に定められているように、それは国会であり、国会だけです。

  • 41条  国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である。

国会は衆参両議院で構成され、両院を構成するのは国民の代表としての国会議員です。

  • 42条  国会は、衆議院及び参議院の両議院でこれを構成する。

  • 43条1項  両議院は、全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する。

つまり、国民の代表が組織する衆参両議院で構成される国会があり、その立法によってのみ法律(刑法)がつくられ、その法律によってのみ、何が罪で、その罪にどんな罰が科されるのかが決まる、という仕組みを、憲法が要請しているわけです。
その意味で、法律主義であるということは、国家(行政府)による刑罰権行使に対して、民主主義の縛りをかけているということになるでしょう。この点は、憲法73条6号にも見られます。内閣(行政府)は、政令という法律みたいなものを定めることができるのですが、そこでは、罰則を定めることが基本的に禁止されています(「基本的に」というのは、法律が委任しているときは可能だからです。)。

  • 73条  内閣は、他の一般行政事務の外、左の事務を行ふ。

  • 6  この憲法及び法律の規定を実施するために、政令を制定すること。但し、政令には、特にその法律の委任がある場合を除いては、罰則を設けることができない。



刑法
形式的には「罪刑の法定」を意味する罪刑法定主義の背後には,次のような実質的な原理・基礎が存在する。まず,罪刑法定主義の背後には民主主義の原理が存在する。すなわち,何が犯罪として処罰の対象となるかは,国民が「正当に選挙された国会における代表者」を通じて自ら決定するという原理である。何が犯罪かは,国会において,「法律」により定められなければならず,行政府又は裁判所は罰則を制定することができない。これが,法律主義の原則であり,憲法31条,同73条6号但書はそれを規定するものである。



山口厚 『刑法』 8-9頁

憲法 第四版
憲法31条は、「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない」と定める。この規定は、人身の自由についての基本原則を定めた規定であり、アメリカ合衆国憲法の人権宣言の一つの柱とも言われる「法の適正な手続」( due process of law )を定める条項に由来する。公権力を手続的に拘束し、人権を手続的に保障していこうとする思想は英米法にとくに顕著な特徴であるが、このような、「自由の歴史は大部分手続的保障の歴史であった」と考える立場は、人権保障にとってきわめて重要な視点であることを看過してはならない。
31条は、法文では、手続が法律で定められることを要求するにとどまっているように読める。しかし、それだけでなく、(1)法律で定められた手続が適正でなければならないこと(たとえば、次に述べる告知と聴聞の手続)、(2)実体もまた法律で定められなければならないこと(罪刑法定主義)、(3)法律で定められた実体規定も適正でなければならないことを意味する、と解するのが通説である。



芦部信喜 『憲法 第四版』 229-230頁

憲法〈1〉
刑罰の実体を法律で定めるべしとは、罪刑法定主義のことである。罪刑法定主義は、近代憲法以来の重要な原理であり、憲法上の要請として位置づけるべきであろう。



野中俊彦・中村睦男・高橋和之・高見勝利 『憲法I 第4版』 393頁

憲法
憲法31条で保障される罪刑法定主義は、「法律なければ犯罪なし」の格言に従って犯罪が法律によって確定されていることを要請する。ここでは、犯罪の実行時に適法であった行為のみならず、実行時に刑罰が法定されていなかった違法行為についても、事後法によって刑罰を科することはできないことを示す。さらに、実行時に刑罰が法定されている場合でも、事後法によって法定刑より重い刑罰を定めることも禁止される趣旨と解されるが、反対に、法定刑を軽減もしくは廃止する内容の事後法を遡及的に適用することは、被告人にとっての利益であるから許容される。



憲法 (新法学ライブラリ)
憲法31条は,「何人も,法律の定める手続によらなければ,その生命若しくは自由を奪はれ,又はその他の刑罰を科せられない」と規定する。規定の文言からすると,刑事罰について,しかもその手続のみについて国会制定、法によることが要求されているにとどまり,法律の内容が適正であることさえ要求されていないかに見える。しかし,通説はこの規定が,刑事罰について,その実体および手続が法律によって定められ,かつその内容が適正であることをも要求しているとする。



長谷部恭男 『憲法 第4版』 256頁

憲法
罪刑法定主義の要求は実体法定説と同義である。罪刑法定主義の根拠は,政府による刑罰権の恣意的行使の抑止と,私人に予測可能性を付与する点にある。その具体的内容は,成文法律主義,つまり行政命令や慣習法を処罰の直接の根拠とすることの禁止,刑罰不遡及(遡及処罰禁止)の原則,類推解釈,特に不利益解釈の禁止,構成要件明確性の原則,絶対的不定期刑の禁止である。



渋谷秀樹 『憲法』 183-184頁

日本国憲法 第3版
罪刑法定主義は,「法律なければ犯罪なし,法律なければ刑罰なし」という原則であり,具体的には,法律によらずに処罰することの禁止,事後処罰の禁止,不明確な刑罰規定の禁止などといった内容を含むものだといわれる。これは近代刑法の基本原理だと考えられているが,日本国憲法には,法律の委任なしに政令に罰則を設けることの禁止(73条6号)及び事後処罰の禁止(39条)についての規定はあるものの,罪刑法定主義そのものを定めた明文の規定はない。そこで,31条が,そのような罪刑法定主義を保障しているかどうかが問題とされてきたのであった。