刑法:責任主義と故意・過失  司法書士試験過去問解説(昭和63年度・憲法・第24問)




昭和63年度司法書士試験(刑法)より。設問の全体は、刑法:罪刑法定主義

  • 1  故意も過失もない行為を処罰することは,罪刑法定主義に反する。


刑法38条1項にはこうあります。

  • 38条1項  罪を犯す意思がない行為は、罰しない。ただし、法律に特別の規定がある場合は、この限りでない。

「罪を犯す意思」のことを「故意」といいます。なので、刑法38条1項の本文は、「故意がない行為は罰しない」ことを定めています。ただ、但書に例外規定が設けられています。つまり、「法律に特別の規定がある場合」は、故意がなくても罰せられることになります。
刑法の条文を「過失」で検索すると、「過失により」といった表現が幾つも出てきます。たとえば、

  • 209条1項  過失により人を傷害した者は、30万円以下の罰金又は科料に処する。

ですね。これは過失傷害罪です。ほかにも

  • 210条  過失により人を死亡させた者は、50万円以下の罰金に処する。

というのがあります。これは過失致死罪ですね。ほかにもいろいろあります。
このように、処罰するためには、基本的には故意がなければならないけれど、例外的に、故意がなくても過失があればいいよという明文規定があれば処罰することができる、というのが刑法38条1項のとっている立場です。
なので、選択肢の文中にある「故意も過失もない行為を処罰すること」は許されません。問題は、それが「許されない」ということが、罪刑法定主義の要請であるのかどうかです。
罪刑法定主義というのは、刑法等の罰則規定を適用しない限り処罰はできない、という立場ですが、今回の設問で問題になっているのは、その罰則を定める際に、ある人が犯罪者であるための心構え上の要件をどのようにするかということなわけです。罪刑法定主義的には、過失がなくても処罰することがあるということを明文規定にしておけば問題はないように思われます。
そこで、処罰できるための条件に、故意や過失を含めることが、どのような考え方に立ったものなのかを考えてみます。
まず、刑罰には、その対象者を非難するという性格があります。この点で、人を死刑にするのは、危険物を除去したり、危険動物を駆除するのとはまったく異なった事柄です(物や動物は、非難されているわけではありません)。したがって、刑罰を科すためには、その人が「非難されうる」人でなければなりません。この意味での非難可能性のことを責任と言い換えるなら、刑罰は非難を伴うから、刑罰を科すには非難可能性が必要だという考え方のことを、責任主義と呼ぶことができます。
故意がなければならないとか、故意はないにしても過失はなければならない、といった要件は、非難可能性を確保するための条件だと考えることができます。わざとやったなんてひどいやつだ、とか、そんなことも予想できんのかこの馬鹿が、といった感じですね。このように、故意や過失を処罰のための要件にするのは、責任主義からの要請だといえることになります。
というわけで、選択肢1は間違いです。



刑法
構成要件に該当し違法な行為であっても,それを行ったことについて責任が認められない場合には,犯罪の成立を肯定することはできない。これが,責任主義の意義・要請である。構成要件該当・違法行為を抑止し法益保護を図ることが刑法の目的であるが,そのために用いられている手段は刑罰の賦課であり,このような特別の手段の使用を正当化するために責任は要件とされているのである。すなわち,刑罰は非難という性格・意味が込められた特別の反作用であるが,そのような手段の使用を正当化するためには,構成要件該当・違法行為の遂行が非難に値するものであることが必要となる。こうして,構成要件該当・違法行為を行った者に対する非難可能性としての責任が,非難という性質を備えた刑罰の賦課を正当化する要件として要求されることになるのである。(99頁)



責任を認めるためには,少なくとも,当該犯罪についての故意又は(過失犯が処罰される場合には)過失が必要である。したがって,故意・過失の要件を固定することは,まず検討を要する重要な課題となる。(略)現行法では,犯罪の成立を肯定するためには故意を必要とするのが原則である(刑38条1項本文)。この意味でも故意の意義を明らかにすることはとくに重要である。また,故意の概念は過失の理解に関係するという点においても,基本的な重要性が認められる。(101頁)

わが国の刑法においては,犯罪の成立を肯定するためには,故意の存在が要求されるのが原則(故意犯処罰の原則)であるが(刑38条1項),「特別の規定」が存在する場合には,例外的に過失が認められることで足り,過失犯も処罰の対象となる(刑38条1項但書)。このことは,「過失により」人を死傷させたときに成立する過失傷害・致死罪(刑209条,210条),「失火により」一定の物を焼損したときに成立する失火罪(刑116条)などにおいて明らかである(これらが「特別の規定」である)が,判例は,過失犯を処罰する明文の規定が存在しない場合においても,過失犯処罰を肯定している(明文なき過失犯処罰)。(122頁)

山口厚 『刑法