憲法:人権の私人間効力の直接適用説の問題点  司法書士試験過去問解説(平成19年度・憲法・第1問)




平成19年度司法書士試験(憲法)より。設問の全体は、憲法:人権の私人間効力

教授: (略)では,直接適用説に対する批判としては,どのようなものがありますか。
学生: ( (2) )という批判があります。
教授: その批判は,沿革的なものですね。直接適用説を採ることにより生じる問題としては,どのようなことが考えられますか。
学生: ( (3) )という問題が生じると考えられます。


直接適用説というのは、憲法上の人権規定が、私人間にも直接適用されるという説です。憲法の規定が直接適用されるということは、立法や行政の決定が「違憲」とされることがあるように、私企業などの決定や規則が(人権侵害の場合に)「違憲」と判断されうる対象だ、と主張しているわけです。
判例上、この説を明確に否定したのが、三菱樹脂事件の判例です。そのなかで、「沿革」という言葉を使っている箇所があります。

憲法の右各規定は、同法第3章のその他の自由権的基本権の保障規定と同じく、国または公共団体の統治行動に対して個人の基本的な自由と平等を保障する目的に出たもので、もつぱら国または公共団体と個人との関係を規律するものであり、私人相互の関係を直接規律することを予定するものではない。このことは、基本的人権なる観念の成立および発展の歴史的沿革に徴し、かつ、憲法における基本権規定の形式、内容にかんがみても明らかである。

憲法の人権規定は、沿革、つまりその歴史的な成り立ちからいって、国・公共団体/個人の関係を規律するもので、私人間関係を直接規律するものではない、と言っています。ここからも明らかなように、教授に「沿革的な」批判だと言われているのは

  •   憲法の人権規定は,国家を拘束するものであり,私人に向けられたものではない

ですね。(2)は選択肢アです。
さて、憲法は第一義的には国家権力を縛るものですが、その裏には、対照的に、私人間の関係はできるだけ自由なほうがいいよね、という考え方があります。これが私的自治の原則といわれるものですが、憲法の人権規定が直接適用されるということは、私人間の関係も憲法で縛られるということですから、そこはなかなか問題です。なので、

  •   私的自治の原則が広く害され,私人間の行為が大幅に憲法によって規律されたり,かえって国家権力の介入を是認する端緒となる

(3)は選択肢オです。



憲法 第四版
直接適用説には次のような問題点がある。第一は、人権規定の直接適用を認めると、市民社会の原則である私的自治の原則が広く害され、私人間の行為が大幅に憲法によって規律されるという事態が生ずるおそれがあることである。(略)
第二は、基本的人権が、本来、主として「国家からの自由」という対国家的なものであったということは、現代においても、人権の本質的な指標であることである。私人による人権侵害の危険性が増大しているとはいえ、人権にとって最も恐るべき侵害者はなお国家権力である。(略)
第三は、先にふれたように、自由権社会権の区別が相対化し、自由権も(たとえば「知る権利」のように)社会権的な側面をもつ場合があるので、そういう複合的な性格をもつ権利の直接適用を認めると、かえって自由権が制限されるおそれが生じるということである。(略)直接適用説をストレートに認めると、かえって国家権力の介入を是認する端緒が生じることにもなるのである。



芦部信喜 『憲法 第四版』 111-112頁

憲法〈1〉
直接適用説に対しては、第一に、私的自治の原則との関係で、私的自治の原則および契約自由の原則の否定にならないかということが、第二に、人権宣言の歴史的意味や人権の法的性格の変化を余りにも強調して人権規定に一律的に直接的な効力を認めると、国家権力に対抗する人権の本質を変質ないし希薄化する結果を招くおそれがあることが指摘されている。



野中俊彦・中村睦男・高橋和之・高見勝利 『憲法I 第4版』 244頁

憲法
この見解[直接適用説]については、私的自治の原則との関係で問題はないか、国家対個人の二極対立構造における本来の人権保障を逆に希薄化しないか、当事者聞の意思決定に基づくものであれば権利・自由の制約が許される場合も存在するのではないか、等の疑問が指摘されている。



辻村みよ子 『憲法 第3版』 158-159頁

憲法 (新法学ライブラリ)
通説は,憲法の直接適用は,(1)私的自治の原則を大きく損なうおそれが生ずること,(2)国民の権利を国家権力に対して保障するという,近代憲法の趣旨を希薄化すること,(3)自由権とされる権利の中にも,社会権的な性格を併有するものがあるため,自由権と見られる権利を私人間に直接適用することが,国家による私人間への介入を広く認めることにつながり,私人の自由を制限するおそれがあることを理由に,間接適用説をとる。



長谷部恭男 『憲法 第4版』 135頁

憲法
この説[直接効力説]に対しては,適用される人権の範囲や要件・効果などが不明確であるなど法技術的な問題点のほかに, より原理的に(1)私的自治の原則との関係の問題,つまり本来対等な個人相互がその意思に基づき権利・義務関係を定めるという市民社会の私的自治の原則が侵害される可能性があること,(2)公権力に対抗する防御権の観念の本質を弱める危倶があること,(3)人権の作為請求権(社会権)的側面を私人間に適用すると政府による私人の自由な活動領域への過度の介入の糸口を与えかねないこと, といった問題点が指摘された。



渋谷秀樹 『憲法』 126頁