憲法:人権の私人間効力を認めるべき理由  司法書士試験過去問解説(平成19年度・憲法・第1問)




平成19年度司法書士試験(憲法)より。設問の全体は、憲法:人権の私人間効力

教授: 憲法の人権規定が私人間にどのように適用されるかについては,いわゆる直接適用説と間接適用説がありますね。これらの二つの見解について,どう考えますか。
学生: 私は,間接適用説が妥当と考えます。なぜなら,( (1) )と考えるからです。
教授: その理由からは,直接適用説又は間接適用説のいずれも,当然には導くことはできませんよ。


憲法の人権規定は、とりあえずは、国家から個人を守るためのものです。しかし、国家と個人のあいだに、国家ほどではないけど、それでも個人にとってはかなり強大な私的団体(大企業とか)があるのが現実です。国家権力に対して「社会的権力」といわれるものです。この社会的権力に対して、憲法の人権規定が個人を守ってくれるのかどうかというのが、人権の私人間効力の問題です。
学生は間接適用説を採る理由を述べようとしていますが、教授によって、それは間接/直接を区別する理由になってないよと指摘されていますので、ここでは、適用の形はともかく、憲法の人権規定が私人間でも効力があると考えるべき理由が述べられているはずです。
というわけで、答えは

  •   社会の中に巨大な力を持った国家類似の私的団体が数多く存在する現代においては,これらの社会的権力からも国民の人権を保護する必要がある

ですね。



憲法 第四版
ところが、資本主義の高度化にともない、社会の中に、企業、労働組合、経済団体、職能団体などの巨大な力をもった国家類似の私的団体が数多く生まれ、一般国民の人権が脅かされるという事態が生じた。また、最近は、都市化・工業化の進展による公害問題、情報化社会の下でのマス・メディアによるプライバシー侵害なども生じ、重大な社会問題となっている。そこで、このような「社会的権力」による人権侵害からも、国民の人権を保護する必要があるのではないかが問題となってきた。



憲法〈1〉
近代憲法の伝統的観念によると、憲法によって保障される人権はもっぱら国家権力に対して国民の権利・自由を守るものであると考えられていた。(略)近代憲法における人権の観念は、新しい社会的事実の発生によって変遷をとげるのである。私的自治および契約の自由の原則を支えていた自由かつ平等な当事者の存在は、資本主義の発展とともに生まれた使用者と労働者の関係に典型的にみられるように、社会的・経済的強者による弱者の支配従属関係によってかえられるのである。



野中俊彦・中村睦男・高橋和之・高見勝利 『憲法I 第4版』 242頁

憲法
近代市民憲法の成立期には、個人の人権を保障するために国家が存在するという考えに基づいて、人権保障の構造は、個人対国家のように二極対立的に捉えられていた。しかしその後、資本主義の進展に伴って社会的権力や集団による人権制約が問題となり、ワイマール憲法が私人聞においても団結権が適用される旨の規定をおくなど、人権規定の第三者効力ないし私人間適用が問題になってきた(略)。日本国憲法では、15条4項(「選挙人は、その選択に関し公的にも私的にも責任を聞はれない」)で私的関係にふれるほかは、人権保障規定の私人間適用について明らかにしていない。この問題について、立場は次の三つに分かれるが、今日の学説・判例では、間接的な適用であれ、憲法規定の私人間への適用を認める傾向が強まっている。



憲法 (新法学ライブラリ)
憲法の保障する基本的人権は公権力との関係で国民に保障されるものとするのが,伝統的な受けとめ方である。しかし,現代社会においては,強大な社会的権力である会社,労働組合,大学などによる私人の権利侵害をも,憲法を通じて規制しようとする考え方が生まれている。



長谷部恭男 『憲法 第4版』 134頁

憲法
ところが,私人は日常生活において,政府以外の相手,つまり私人とさまざまな関係をもちながら生きている。中間団体が解体され,身分から契約へという社会が実現された,すなわち法的関係が身分によってではなく相互の合意,つまり契約によって形成されるようになったといっても,現実社会はそれほど急速に理念に合わせて変わるわけではない。現実の力関係によって事実上または法律上の関係が規律されることも依然としてあった。さらに,産業革命の勃興と進展による工業化社会の急速な展開,そして情報産業の誕生と発展などに伴う社会構造の変化によって,私人間においても新たな支配服従関係,社会的強者による社会的弱者の支配が作り出されていく。
そこで,具体的には,労働契約による雇用者側優位の契約締結をどのようにして公正なものとするか,労働者が雇用者によって信条や性別によって差別を受けたときどうなるか,マス・メディアが掲載記事によって私人の名誉を侵害したときどうなるか, といった問題群が意識されるようになった。これは人権の私人間適用の問題として議論されている。



渋谷秀樹 『憲法』 124頁