憲法:人権の私人間効力の間接適用説  司法書士試験過去問解説(平成19年度・憲法・第1問)




平成19年度司法書士試験(憲法)より。設問の全体は、憲法:人権の私人間効力

教授: あなたが採る間接適用説の積極的な根拠は,どのようなものですか。
学生: ( (4) )という理由です。
教授: では,間接適用説の限界として,どのようなことが指摘されていますか。
学生: ( (5) )と指摘されています。


私人間に憲法の規定を直接適用して、その契約や規則は違憲だからいかん、みたいなことを言い出すと、「私的自治の原則」が脅かされるというのが直接的適用説に対する批判でした(憲法人権の私人間効力の直接適用説の問題点)。
他方、私的自治とはいっても、法的な縛りがなにもないわけではありません。民法90条は、公序良俗に反する法律行為は無効だとしています。

  • 第90条  公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は、無効とする。

私人間で人権侵害があった場合、とりあえずこの民法90条を適用し、直接的には「公序良俗に反するから無効」とするならば、私的自治の原則は脅かされません。そこで、「公序良俗に反する」かどうかを判断する際に、憲法の人権保障を読み込んでいけば、直接適用されているのは民法90条だけど、憲法の人権保障も間接的に適用されている、ということになります。これが間接適用説です。
なので、間接適用説の積極的な根拠を訊いている(4)は選択肢エです。

  •   私的自治の原則を尊重しつつも,社会的許容性の限度を超える侵害に対し基本的な自由や平等の利益を保護することができ,その適切な調整を図ることが可能である

他方で、間接適用説で憲法の人権保障が反映されるためには、公序良俗違反で無効という話なら、まず民法90条が適用されないといけません。ということは、この場合、民法90条が適用されないような人権侵害行為に対しては、憲法の人権保障も反映されないということになります。
そこで、民法90条をもう一度みなおしてみると、「公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為」と書いてあって、適用されるのは「法律行為」だけであることがわかります。そうすると、「純然たる事実行為」についてはこの条文は適用されないわけで、憲法の人権保障も及ばないということになりそうです。この点が、間接適用説の限界として指摘されているわけです。なので、(5)は選択肢イです。

  •   純然たる事実行為による人権侵害については,真正面から憲法問題として争うことができない



憲法 第四版
間接適用説は、規定の趣旨・目的ないし法文から直接的な私法的効力をもつ人権規定を除き、その他の人権(自由権ないし平等権)については、法律の概括的条項、とくに、公序良俗に反する法律行為は無効であると定める民法90条のような私法の一般条項を、憲法の趣旨をとり込んで解釈・適用することによって、間接的に私人間の行為を規律しようとする見解で、通説・判例の立場である。この立場をとれば、人権規定の効力は、私人相互間の場合には、それが国家権力との関係で問題になる場合と異なり、当該関係のもつ性質の違いに応じて当然に相対化される。(略)
間接適用説は、(略)純然たる事実行為による人権侵害に対しては、それを真正面から憲法問題として争うことはできない。民法709条の不法行為に基づく損害賠償の救済手段はあるが、それにも限界がある。



芦部信喜 『憲法 第四版』 109, 114頁

憲法〈1〉
C説は、間接適用説で、民法90条公序良俗規定のような私法の一般条項を媒介にして、憲法の人権規定を間接的に適用する説である。この間接適用説がわが国では通説的見解になっている(略)。間接適用説が通説的見解になった理由は、「とくに、人権の対国家権力性という伝統的観念を維持し、かつ、国家には許されない権利・自由への制限も、それが当事者聞の意思決定に基づくものであれば許される場合がかなり広く存在すること、国家がそういう私人間の法律関係に人権規定と形式上矛盾するという理由だけで直ちに介入するのは許されないこと、そういう法律関係を設定する自由もまた憲法で保障された基本権の一つであること、を認め、その限りで公法(公権)と私法(私権)との二元性と私的自治の原則を尊重しながら、人権規定の効力拡張の要請を充たす法的構成をこころみることが望ましい、という立場からすれば、解釈技術としては、……間接適用説の方が適切である」ということ、さらには、「単なる法律上の権利紛争を直接憲法上の人権問題として争う可能性(憲法論の過剰)を防いだり、伝統的な法理論に対して比較的に忠実な法曹実務にも受けいれられ易い、という実際的な効用もきわめて大きい」というところにある。



野中俊彦・中村睦男・高橋和之・高見勝利 『憲法I 第4版』 244-245頁

憲法
通説・判例の立場は、第3の間接適用説である。これは「公ノ秩序又ハ善良ノ風俗ニ反スル事項ヲ目的トスル法律行為ハ無効トス」と定める民法90条公序良俗規定のような私法上の一般条項を介在させて、間接的に憲法の趣旨を私人間の権利保障にも及ぼそうとする見解である(略)。直接適用説に対する疑問点を払拭しつつ、「公法(公権)と私法(私権)との二元性と私的自治の原則を尊重しながら、人権規定の効力拡張の要請を満たす法的構成をこころみることが望ましい(略)とするところから、広く支持されている。



憲法 (新法学ライブラリ)
一つは,私法上の概括的条項,たとえば公序良俗違反の法律行為を無効とする民法90条などを,憲法の趣旨を勘案して解釈・適用することにより,間接的に私人間の行為を規制しようとするもので,間接適用説といわれる。判例および通説はこの立場をとる。(略)
私人間で, 「人権」侵害を根拠に不法行為を理由とする差止あるいは損害賠償が問題となる場合には,民法709条をはじめとする実定私法上の不法行為法制や人格権にもとづいて保護された利益が侵害されているか否かを議論することがまず考えられる。
これに対し,私人間の事実行為がもたらす問題については間接適用説では十分な救済が与えられない



長谷部恭男 『憲法 第4版』 134, 140頁

憲法
私人間にも憲法上の権利を実質的に及ぼしていく必要性を説いたのが間接効力説である。この説は, 「規定の趣旨・目的ないし法文から直接的な私法的効力をもつ人権規定を除き,その他の人権(自由権ないし平等権)については,法律の概括的条項, とくに,公序良俗に反する法律行為は無効であると定める民法90条のような私法の一般条項を,憲法の趣旨をとり込んで解釈・適用することによって,間接的に私人間の行為を規律しようとする見解である。
この説は,無効力説の非現実性を克服すると同時に,直接効力説のもつ諸問題を緩和する考え方として,通説となった。
(略)
事実行為の事案について,事後救済としては民法709条以下の不法行為の問題とされる。しかし, 「公権としての基本権は直ちに民法709条に言う『権利』ではなく,行為の違法性を証明することの困難な場合もあるので,不法行為法の領域において憲法価値を実現できるのは,限られたものにならぎるを得ないであろう」とされる。



渋谷秀樹 『憲法』 126, 137頁