安藤馨『統治と功利』

統治と功利

統治と功利

久々に定価で本を買ってしまった。でさっそくハーサニ関係のところをチェック。

我々はvN-M公理系を満たす選好に対してvN-M効用という基数的表現を与えることが「できる」のであって、与えなければならないわけではないのだ。つまり、vN-M公理系を満たす選好に対してその序数的情報を保持したままvN-M効用でないような基数表現を与えることができるのである。(p. 224)

えーと、それはできません(笑)。
(私は、「選好を表す基数効用」という経済学者のよく使う表現に疑問がある――それゆえvNM効用は序数効用と呼ぶべきだと思う――が、以下では著者の言葉遣いに従う。参照「von Neumann-Morgenstern効用関数は基数的か」)
ある選好の基数効用表現は「正の線形変換を除いて一意」。つまり、同じ選好を表す基数効用表現は複数存在しうるが、一つを取り出して適当な線形変換を施してやれば、他のすべての基数効用表現に変形することができるし、逆に、ある基数効用表現に正の線形変換を施したものは、すべて同じ選好を表す基数効用表現である。
他方、ある選好のvNM効用表現も「正の線形変換を除いて一意」。あるvNM効用表現から、同じ選好を表す他のすべてのvNM効用表現には正の線形変換によって到達可能であるし、あるvNM効用表現に正の線形変換を施したものはすべて同じ選好を表すvNM効用表現である。
さて、著者はvNM効用が基数効用だと言っている。ある基数効用から別の基数効用に到達するには正の線形変換を施すしかないが、元の効用表現はvNM効用でもあるのだから、その場合、変換後の効用表現もvNM効用であらざるを得ない。
というわけで、「vNM効用でないような基数表現を与える」ことは不可能。
(というか、選好を表す効用というのは基本的に序数効用なのである。それをちょっとアクロバティックに(見かけ上)基数化したものがvNM効用なのであって、それゆえ選好を表し、かつvNM効用でない基数効用などというものは本当は存在しない。)
正しくは「vN-M公理系を満たす選好に序数効用表現を与えることができる」とすべき。

追記:宣伝

ハーサニの定理の真の意味は、集計定理にしても不偏観察者定理にしても、「ものすごく利己的な判断でも、あたかも効用総和主義に基づいた倫理的判断であるかのように見せかけることができる」というきわめて皮肉なものである。安藤本ではそこまで突っ込んでいない。拙稿ではこの点をかなり明確に示したつもりなのでそちらもどうぞよろしく。

正義の論理―公共的価値の規範的社会理論 (数理社会学シリーズ)

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