憲法:政教分離の限界  司法書士試験過去問解説(平成22年度・憲法・第2問)




平成22年度司法書士試験(憲法)より。判例の趣旨との合不合を問うもの。設問の全体については、憲法:政教分離

  •   政教分離規定の保障の対象となる国家と宗教との分離には,一定の限界があり,国が宗教団体に対して補助金を支出することが憲法上許されることがある。


憲法89条では、

  • 第89条  公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。

として、宗教団体に補助金を出すことは禁止されているように読めます。他方、では宗教団体が運営する私立学校だけに補助金を与えない、というふうにしたら、それはそれでかなり大きな不正義を招くことになりそうです。また、補助金に限らず、国は国民生活の様々なところに様々な給付をしているので、そのすべてにおいて宗教団体とのかかわり合いを排除することは、現実的に考えて無理そうです。なので、この選択肢イは、常識的に考えて、正しいことを言っているように思われます。
問題は、判例がこの常識にちゃんと応えてくれているかどうかです。そこで、津地鎮祭事件の判例を見てみると、ちゃんと、こういうふうに述べています。

宗教は、信仰という個人の内心的な事象としての側面を有するにとどまらず、同時に極めて多方面にわたる外部的な社会事象としての側面を伴うのが常であつて、この側面においては、教育、福祉、文化、民俗風習など広汎な場面で社会生活と接触することになり、そのことからくる当然の帰結として、国家が、社会生活に規制を加え、あるいは教育、福祉、文化などに関する助成、援助等の諸施策を実施するにあたつて、宗教とのかかわり合いを生ずることを免れえないこととなる。したがつて、現実の国家制度として、国家と宗教との完全な分離を実現することは、実際上不可能に近いものといわなければならない。

つまり、まず、宗教というのは「教育、福祉、文化など」社会生活の様々な局面にかかわる活動をするものだ。そして、国家もまた、「教育、福祉、文化など」社会生活の様々な局面で援助とかするものだ。そうなると、結局、国家と宗教がかかわり合うこともまた避けられないんだ。と、まあこういう感じです。
で、それなのに無理を通すと、むしろ悪いことになるよ、ということも言っています。

政教分離原則を完全に貫こうとすれば、かえつて社会生活の各方面に不合理な事態を生ずることを免れないのであつて、例えば、特定宗教と関係のある私立学校に対し一般の私立学校と同様な助成をしたり、文化財である神社、寺院の建築物や仏像等の維持保存のため国が宗教団体に補助金を支出したりすることも疑問とされるに至り、それが許されないということになれば、そこには、宗教との関係があることによる不利益な取扱い、すなわち宗教による差別が生ずることになりかねず、また例えば、刑務所等における教誨活動も、それがなんらかの宗教的色彩を帯びる限り一切許されないということになれば、かえつて受刑者の信教の自由は著しく制約される結果を招くことにもなりかねないのである。

政教分離が「宗教による差別」を招いちゃうよ!というわけです。
というわけで、完全な分離はありえないし、好ましくもない、というのが判例の立場ですから、やはり、上記の選択肢イは、判例の趣旨として正しい、ということになります。
なお、完全な政教分離が無理だからといって、政教分離が完全に無理だということにはなりません。つまり、国家と宗教のあいだで、合憲なかかわり合いと違憲なかかわり合いの区別ができるはず、というかしなければなりません。そのためには合憲/違憲の判断をくだすための基準が必要になります。津地鎮祭事件判例をはじめとして、判例では目的効果基準と呼ばれるものが採用されています。が、その話はまたいずれ。



憲法 第四版
国家と宗教との厳格な分離と言っても、国家と宗教とのかかわり合いを一切排除する趣旨ではない。これは現代国家が、福祉国家として、宗教団体に対しても、他の団体と同様に、平等の社会的給付を行わなければならない場合(たとえば、宗教団体設置の私立学校に対する補助金交付などの場合)もあることをみれば、明らかである。そこで、国家と宗教との結びつきがいかなる場合に、どの程度まで許されるかが、さらに問題となる。



憲法〈1〉
日本の最高裁は、津地鎮祭訴訟判決において、「政教分離規定の保障の対象となる国家と宗教との分離にもおのずから一定の限界があることを免れず、政教分離原則が現実の国家制度として具現される場合には、それぞれの国の社会的・文化的諸条件に照らし、国家は実際上宗教とある程度のかかわり合いをもたざるをえない」とし、国家と宗教とのかかわり合いをもたざるをえない例として、宗教系私立学校への助成や文化財保護のための宗教団体への補助金の支出をあげてから、「宗教とのかかわり合いをもたらす行為の目的及び効果にかんがみ、そのかかわり合いが右の諸条件に照らし相当とされる限度を超えるものと認められる場合にこれを許さないとするもの」で、「当該行為の目的が宗教的意義をもち、その効果が宗教に対する援助、助長、促進又は圧迫、干渉等になるような行為」が、憲法20条3項により禁止される宗教的活動に当たると解している。



野中俊彦・中村睦男・高橋和之・高見勝利 『憲法I 第4版』 316頁

憲法
日本国憲法政教分離が厳格分離型に属するとしても、国家と宗教とのかかわり合いを完全に排することを求める趣旨であるかどうかが問題となる。現代では、宗教団体に対して他の団体と平等に社会的給付を与えたり、宗教団体を母体とする私立学校にも補助金を交付したりする必要が生じているからである。



憲法 (新法学ライブラリ)
政治と宗教との結びつきを禁ずるといっても,社会生活のあらゆる局面で政治と宗教とのかかわりあいを一切許さないとすることは現実的でない。どの程度の関係が憲法上許されるかが問題となる。



長谷部恭男 『憲法 第4版』 197頁

憲法
厳格な政教分離原則を現行憲法が採用しているとしても,現実の社会において政府と宗教が完全に分離し一切の接触を断つことは不可能である。したがって問題は, どのような関係が許されるのか, また仮に許されるにしても, どのようなかたちの関与が許されるかである。



渋谷秀樹 『憲法』 383頁