憲法:宗教法人の解散命令と信教の自由  司法書士試験過去問解説(平成22年度・憲法・第2問)




平成22年度司法書士試験(憲法)より。判例の趣旨との合不合を問うもの。設問の全体については、憲法:政教分離

  •   ある特定の宗教法人に対して国が解散命令を発することは,国が当該宗教法人と密接にかかわることになるから,政教分離の原則に違反し,許されない。


宗教法人法81条では、裁判所が宗教法人の解散を命令することができるとしています。

  • 第81条 裁判所は、宗教法人について左の各号の一に該当する事由があると認めたときは、所轄庁、利害関係人若しくは検察官の請求により又は職権で、その解散を命ずることができる。
    1. 法令に違反して、著しく公共の福祉を害すると明らかに認められる行為をしたこと。
    2. 第2条に規定する宗教団体の目的を著しく逸脱した行為をしたこと又は1年以上にわたつてその目的のための行為をしないこと。
  • (以下略)

さて、このように、国が特定の宗教法人に対して解散命令を発するのは、政教分離に反し、信者の信教の自由を侵害するものではないのか、ということが問題です。
この規定が、公共の福祉を害する法令違反(1号)と目的逸脱(2号)に該当することを理由に初めて適用されたのが、地下鉄サリン事件などを起こしたオウム真理教に対してでした。最高裁は、宗教法人オウム真理教解散命令事件判例で、この81条に基づく解散命令を合憲としています。
まず、宗教法人を解散することと、宗教団体がなくなって宗教上の行為ができなくなることとは、同じではありません。宗教法人ではない宗教団体がたくさんあることからもそれは明らかでしょう。

解散命令によって宗教法人が解散しても、信者は、法人格を有しない宗教団体を存続させ、あるいは、これを新たに結成することが妨げられるわけではなく、また、宗教上の行為を行い、その用に供する施設や物品を新たに調えることが妨げられるわけでもない。すなわち、解散命令は、信者の宗教上の行為を禁止したり制限したりする法的効果を一切伴わないのである。

他方で、宗教法人が解散すると、法人の所有だった施設とかが取り上げられてしまったりするので、それまでの宗教活動をそのまま継続することはできないでしょうから、信者の宗教生活に対して何の支障もないということには、さすがになりません。ただ、その支障も「間接的で事実上」のものだから、

解散命令によって宗教団体であるオウム真理教やその信者らが行う宗教上の行為に何らかの支障を生ずることが避けられないとしても、その支障は、解散命令に伴う間接的で事実上のものであるにとどまる。

解散命令は「必要でやむを得ない」ものだと判断するわけです。

本件解散命令は、宗教団体であるオウム真理教やその信者らの精神的・宗教的側面に及ぼす影響を考慮しても、抗告人の行為に対処するのに必要でやむを得ない法的規制であるということができる。

というわけで、宗教法人法81条が「許されない」としている選択肢オは、判例の立場としては間違っています。



憲法 第四版
殺人を目的として毒ガスであるサリンを組織的・計画的に大量に生成したため、宗教法人法81条に言う「法令に違反して、著しく公共の福祉を害すると明らかに認められる行為」および「宗教団体の目的を著しく逸脱した行為」を行ったとして、宗教法人の解散命令が請求された事件で、最高裁は、解散命令の制度は「専ら世俗的目的によるものであって、宗教団体や信者の精神的・宗教的側面に容かいする意図によるものではなく」、本件解散命令は、それによってオウム真理教やその信者らの宗教上の行為に支障が生じても、それは解散命令に伴う間接的で事実上のものにすぎず、「必要でやむを得ない法的規制である」とし、憲法20条1項に反しないと判示した(略)。解散命令があっても、法人格を有しない宗教団体を存続させたり、新たに結成することが妨げられるわけではないから、厳格な要件のもとで行われる解散命令の制度は、違憲とは言えない。



憲法〈1〉
オウム真理教解散特別抗告決定(略)は、(1)宗教法人の解散命令の制度は、専ら世俗的目的によるものであって、宗教団体や信者の精神的・宗教的側面に容喙する意図によるものではなく、その制度の目的も合理的であること、(2)サリンを生成するという、法令に違反して、著しく公共の福祉を害すると明らかに認められ、宗教団体の目的を著しく逸脱した行為をしたことが明らかであること、(3)解散命令によって宗教団体であるオウム真理教やその信者に与えられる宗教上の行為への支障は、間接的で事実上のものにとどまること、(4)したがって、本件解散命令は、オウム真理教やその信者らの精神的・宗教的側面に及ぼす影響を考慮しても、必要でやむを得ない法的規制であること、(5)本件解散命令は、裁判所の司法審査によって発せられたものであるから、その手続の適正も担保されていることから、本件解散命令が憲法20条1項に違反しないと判断した。



野中俊彦・中村睦男・高橋和之・高見勝利 『憲法I 第4版』 309-310頁

憲法
1995年3月、猛毒ガスのサリンを組織的に生成し地下鉄内で散布して多数の死傷者を出したオウム真理教が、宗教法人法81条に定める「法令に違反して、著しく公共の福祉を害すると明らかに認められる行為」および「宗教団体の目的を著しく逸脱した行為」を行ったとして、裁判所により宗教法人の解散命令を下された。その抗告棄却決定に対する特別抗告事件で、最高裁は、解散命令の制度は「専ら宗教法人の世俗的側面を対象とし、かつ、専ら世俗的目的によるものであって、宗教団体や信者の精神的・宗教的側面に容かいする意図によるものではなしその制度の目的も合理的である」として本件解散命令を合法とし、即時抗告を棄却した原決定が憲法20条1項に反しないとした。



憲法 (新法学ライブラリ)
宗教法人法81条に基づいて宗教法人を解散する決定(解散命令)が,信者の信仰の自由を侵害するとの主張に対し,最高裁は,解散命令が,もっぱら宗教法人の世俗的側面を対象とするものであって,宗教法人が解散命令によって解散しても,信者は法人格を有しない宗教団体を存続させ,またはあらたに結成することが妨げられるわけではなく,信者の宗教上の行為を禁止・制限する法的効果のないことを指摘したうえで,解散命令によって信者の宗教上の行為になんらかの支障が生ずるとしても,それは「間接的で事実上のもの」にとどまり,しかも当該宗教法人が大量殺人を目的として毒ガスの大量生成を計画したうえ,多数の信者を動員し,法人の資金および物的施設を用いて計画的・組織的に毒ガスを生成した行為に対処するのに,この解散命令は「必要で、やむをえない法的規制jであるから, 憲法20条1項に反しないとしている(略)。



長谷部恭男 『憲法 第4版』 194-195頁

憲法
宗教的結社,つまり宗教団体に関しては,宗教法人法があるが,同法は宗教団体に法人格を与えること(認証)によってその活動基盤を強化するものであり,同法によって法人格が付与されていない団体も憲法上の保障は受ける。なお,同法は,宗教法人が,「法令に違反して,著しく公共の福祉を害すると明らかに認められる行為」(宗教81条1項1号)あるいは「宗教団体の目的を著しく逸脱した行為」(同81条1項2号)などをした場合に,裁判所が解散命令をなしうる旨を規定している。これは同法の法人格を奪うのが目的であって,違憲ではないとされている。



渋谷秀樹 『憲法』 381-382頁

別冊ジュリスト No.186 憲法判例百選1
解散命令は信者の宗教的行為を禁止・制限する法的効果も伴わないが,しかし本決定はこのことから直ちに結論を導出しているわけではない。宗教的行為の用に供していた宗教法人に帰属する礼拝施設その他の財産は,解散命令を受けて行われる宗教法人の清算により処分されるため, Yや信者らの宗教的行為に「何らかの支障」が生じうることが予想されるからである。このため本決定は精神的自由の一つである信教の白由の重要性を考慮して,より立ち入った審査を行い,(1)解散命令制度の目的の世俗性・合理性(宗教団体や信者の精神的・宗教的側面に容かいする意図によるものではなし制度の目的も合理的であること),(2)解散の必要性(教団の法人格を剥奪することが必要かつ適切であること),(3)教団および信者の宗教的行為に生ずる支障の軽微性(間接的で事実上のものにとどまること),および(4)手続の適正さ(宗教法人法81条の規定にもとづき,裁判所の司法審査によって発せられたものであること)を理由に,憲法20条1項に違反しないと判示している。



光信一宏「宗教法人の解散命令と信教の自由:箕面忠魂碑・慰霊祭訴訟」

別冊ジュリスト186 憲法判例百選I 第5版』 87頁