憲法:「宗教上の組織若しくは団体」への公金支出等の禁止  司法書士試験過去問解説(平成22年度・憲法・第2問)




平成22年度司法書士試験(憲法)より。判例の趣旨との合不合を問うもの。設問の全体については、憲法:政教分離

  •   憲法第89条において公の財産の支出や利用提供が禁止されている「宗教上の組織若しくは団体」とは,特定の宗教の信仰,礼拝又は普及等の宗教的活動を行うことを目的とする組織や団体には限られず,宗教と何らかのかかわり合いのある行為を行っているすべての組織や団体を指す。


憲法89条はこうです。

  • 第89条  公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。

「又は」と「若しくは」が頻出してわかりにくいですね! 法文の書き方のルールとしては、「又は」で分けられたもののなかをさらに分けるときに「若しくは」を使うことになっています。

法律文献学入門―法令・判例・文献の調べ方
一度「及び又は」を用いて分けたものを更に細かく分けたいときには、今度は「若しくは」を用いる。(略)「又は」を用いて分け、次に「若しくは」を用いて分けたものを、更にもう一度分けたい場合には、もう一度「若しくは」を用いるとされる。



西野喜一 『法律文献学入門』 29-30頁(誤植を修正した)

このルールに基づいて読みましょう。まず、89条の条文は、「公金その他の公の財産」を、ある種の目的/対象に「支出」したり「利用に供し」たりすることを禁止しています。ではどんな目的で支出したり使わせたりするのが禁止されているかというと、それが、「宗教上の組織や団体」の「使用、便益、維持のため」であってもダメだし、「公の支配に属しない」「慈善事業、教育事業、博愛事業」に対するものでもダメだ、というわけですね。
このため、大きく分けて、公金支出等の禁止が、「宗教上の組織若しくは団体」に対しても、「公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業」に対しても禁じられているわけですが、この二つの対象は別のものですから、89条の条文それ自体は1文ですが、「宗教上の…」の方を前段、「公の支配に…」の方を後段として分けて考えます。したがって、今回の選択肢では、89条前段が問題になっているということになります。



ちょっと話がそれましたが、国や地方公共団体が、公金を支出したり公の財産を使わせた相手が、もし89条の「宗教上の組織や団体」に当たるなら、その行為は違憲だということになります。なので、その相手が「宗教上の組織や団体」に当たるかどうかをどうやって判断するのかということが問題になるわけです。
この点についての基本判例は、箕面忠魂碑訴訟の判例です。この判例では、まず、憲法政教分離規定に対する違反を判断するための基準として、目的効果基準を採用します(津地鎮祭事件判例を踏襲しています)。そのうえで、公金支出等の行為が目的効果基準の意味で政教分離規定に違反することになるような組織・団体が、89条で禁止されている組織・団体だと述べるわけです。

憲法20条1項後段にいう「宗教団体」、憲法89条にいう「宗教上の組織若しくは団体」とは、宗教と何らかのかかわり合いのある行為を行っている組織ないし団体のすべてを意味するものではなく、国家が当該組織ないし団体に対し特権を付与したり、また、当該組織ないし団体の使用、便益若しくは維持のため、公金その他の公の財産を支出し又はその利用に供したりすることが、特定の宗教に対する援助、助長、促進又は圧迫、干渉等になり、憲法上の政教分離原則に反すると解されるものをいう

そして、これを次のように言い換えています。

換言すると、特定の宗教の信仰、礼拝又は普及等の宗教的活動を行うことを本来の目的とする組織ないし団体を指すもの

この言い換えの妥当性については、少なくとも自明ではない気がしますが、ともかく判例の立場はこうです。「本来の目的」によってかっちりと限定するわけですね。ということは、目的に関係なく、組織・団体の活動に宗教的な面があるかどうかで判断するという趣旨の選択肢エは、判例の立場としては間違いだということになりますね。



憲法 第四版
「宗教上の組織若しくは団体」の意味  組織と団体の意味を区別する説もあるが、両者を厳格に区別せず、「宗教上の事業もしくは活動を行う共通の目的をもって組織された団体」の意に解する説(甲説)が有力である。より狭く「特定の信仰を有する者による、当該宗教目的を達成するための組織体」の意に解する説(乙説)もある。日本遺族会は、甲説によれば「宗教団体」になるが、乙説によればその定義に合致しない。しかし、甲乙両説の概念は、いずれも、宗教法人法2条の定義する「宗教団体」(略)よりも、その範囲は広い。判例は、「特定の宗教の信仰、礼拝又は普及等の宗教的活動を行うことを本来の目的とする組織ないし団体」と解し、遺族会はそれに当たらないとする(略)。



憲法〈1〉
公金の支出等による国の財政的援助が禁止される宗教上の組織・団体が、厳格な意味における宗教団体に限られるのか、それとも広く宗教上の事業ないし活動を行う団体も含むのかが問題になる。従来の通説的見解は、宗教上の「組織」とは、寺院、神社のような物的施設を中心とした財団的なものを指し、「団体」とは、教派、宗派、教団のような人の結合を中心とした社団的なものを意味するとし、宗教上の組織・団体の意味を厳格に解している(略)。これに対して有力説は、「組織」と「団体」とは厳密に区別できないことを前提にして、「組織」も「団体」も厳格に制度化され、組織化されたものでなくとも、何らかの宗教上の事業ないし活動を目的とする団体を指すと解している(略)。後説によると、たとえば、何らかの行政機関の職員の中に神社を信仰する者が相当数を占め、それらの者が「有志」のグループのようなゆるやかな意味での団体を結成した場合や、キリスト教を信仰する者が「聖書を読む会」のような有志的な団体を結成して宗教活動を行うような場合も、宗教上の団体となるのである。
箕面忠魂・慰霊祭訴訟の最高裁判決(略)は、憲法にいう「宗教団体」又は「宗教上の組織若しくは団体」とは(略)国家が当該組織ないし団体に対し特権を付与したり、また、当該組織ないし団体の使用、便益若しくは維持のため、公金その他の公の財産を支出し又はその利用に供したりすることが、特定の宗教に対する援助、助長、促進又は圧迫、干渉等になり、憲法上の政教分離原則に反すると解されるものをいうのであり、換言すると、特定の宗教の信仰、礼拝又は普及等の宗教的活動を行うことを本来の目的とする組織ないし団体を指すものと解するのが相当である」と判示して、遺族会がこれに該当しないと判断した。



野中俊彦・中村睦男・高橋和之・高見勝利 『憲法II 第4版』 329頁

憲法
まず、公金の支出等が禁止される宗教上の組織もしくは団体が、宗教法人法上の宗教団体等に限定されるか否かについて議論がある。従来の通説は、宗教上の組織とは、「寺院、神社のような物的施設を中心とした財団的なもの」をさし、団体とは、「教派、宗派、教団のような人の結合を中心とした社団的なもの」を意味するとして宗教上の組織と団体を区別して厳格に解していた(略)。しかし最近では、組織と団体を区別せず、ともに何らかの宗教上の事業ないし活動を目的とする団体をさすと緩やかに解している(略)。この立場では有志のグループのような緩やかな意味での団体が宗教活動を行うような場合も、宗教上の団体となり、憲法上の公金支出の制限の対象となるとされる。判例は、逆に、すでに検討した「目的・効果基準論」にたって、憲法にいう「宗教団体」または「宗教上の組織若しくは団体」とは、「宗教と何らかのかかわり合いのある行為を行っている組織ないし団体のすべて」を意味するものではないとして狭く解しているが、憲法の趣旨を厳格に解するためには、最近の学説のように緩やかに(広く)解するほうが妥当である。
判例は、箕面忠魂碑・慰霊祭訴訟最高裁判決(略)にも示されるように、憲法にいう「宗教団体」または「宗教上の組織若しくは団体」とは「国家が当該組織ないし団体に対し特権を付与したり、また、当該組織ないし団体の使用、便益若しくは維持のため、公金その他の公の財産を支出し又はその利用に供したりすることが、特定の宗教に対する援助、助長、促進又は圧迫、干渉等になり、憲法上の政教分離原則に反すると解されるものをいうのであり、換言すると、特定の宗教の信仰、礼拝又は普及等の宗教的活動を行うことを本来の目的とする組織ないし団体を指すものと解するのが相当である」と狭く解している。



憲法 (新法学ライブラリ)
本条の前段は,信教の自由を保障するために,国家と宗教との分離の厳格化をはかる規定である。本条は国家と宗教とのかかわり合いを全く許さないとするものではなく,国家による財政援助などが,宗教の抑圧または助長の効果を持たないか,主要な目的が正当な世俗的目的であるかという目的効果基準によって合憲性が判断される(略)。判例は本条にいう「宗教上の組織若しくは団体」とは「特定の宗教の信仰,礼拝又は普及等の宗教的活動を行うことを本来の目的とする組織ないし団体を指す」と狭く定義するが(略),目的効果基準からすれば,このような定義に該当しない団体への財政支援が,憲法20条の政教分離原則に違反することもありえよう(略)。



長谷部恭男 『憲法 第4版』 364頁

憲法
ここでいう宗教とは,政教分離原則が政府と教会の分離に由来するので,信教の自由でみた宗教よりも狭く何らかの固有の教義体系を備えた組織的背景をもつものと捉えるのが妥当である。当該団体が宗教団体か否かによって, この原則の適用の有無を判定しようとする判例もある。例えば,遺族会の性格につき,「特定の宗教の信仰,礼拝又は普及等の宗教的活動を行うことを本来の目的とする組織ないし団体には該当」せず,憲法20条1項後段の「宗教団体」,89条の「宗教上の組織若しくは団体」ではないとする。しかし,ここでは政府と宗教の分離が問題となるから,当該団体の行う行為が宗教的か否かによって判定すべきであり,団体の主たる目的から政教分離原則でいう宗教か否かを判定すべきではない。



渋谷秀樹 『憲法』 383頁

別冊ジュリスト No.186 憲法判例百選1
従来,憲法にいう「宗教団体」とは「ひろく宗教上の礼拝ないし宣伝を目的とするすべての団体」をい,「宗教上の組織若しくは団体」とは「宗教の信仰・礼拝ないし普及を目的とする事業ないし活動をひろく意味する」と解され(略),そう解することで政教分離の厳格さが担保されてきた面があるが,本判決は,それを狭く解することで,国家と宗教のかかわりを広く容認する余地を残した。最高裁が定義する意味において遺族会が「宗教団体」「宗教上の組織若しくは団体」には当たらないとしても,問題なのは,そのような団体が行う「宗教的行事」への国の関与と公金の支出の政教分離原則への適合性である。宗教団体でないものが宗教的活動を行うことは十分ありうることであり,そのような団体のそのような活動に公金を支出することが憲法上許されるか否かは,当該団体の性格とは別に論じられなければならないはずである。89条前段の規定は,「組織・団体という点に重点があるのではなく,むしろ,事業ないし活動に着目したものであって,宗教上の事業ないし活動に対して公的な財政的援助を与えてはならないとするものと解すべきである」(略)。



右崎正博「忠魂碑・慰霊祭と政教分離の原則:箕面忠魂碑・慰霊祭訴訟」

別冊ジュリスト186 憲法判例百選I 第5版』 107頁