憲法:幸福追求権(被拘禁者の喫煙禁止)  司法書士試験過去問解説(平成17年度・憲法・第1問)




平成17年度司法書士試験(憲法)より。設問の全体については、憲法:幸福追求権

  •   何人も,公共の福祉に反しない限り,喫煙の自由を有しているから,未決勾留により拘禁された者に対し,喫煙を禁止することは,憲法第13条の趣旨に反し,許されない。


上の文章が判例の立場かどうかが問われています。ここでいう判例というのは、未決勾留中の喫煙禁止に対する国家賠償訴訟の判例のことです。
当時(昭和45年)の監獄法施行規則96条では

在監者ニハ酒類又ハ煙草ヲ用ウルコトヲ許サス

とあって、監獄に入れられた人は、未決、つまり判決が出る前であっても、酒タバコ禁止でした。これが、憲法13条の幸福追求権に違反するというのが、上告人の主張です。タバコを吸う自由は憲法で保障されているのであって、それを禁じるのは人権侵害であってそんな規則は違憲だというわけです。
この訴えに対する最高裁の立場は、タバコを吸うのは憲法で保障されている基本的人権ではあるけど、時と場合によっては制限されるよ、というものです。

喫煙の自由は、憲法13条の保障する基本的人権の一に含まれるとしても、あらゆる時、所において保障されなければならないものではない。

ではどんなときに制限されるのかというと、それが「必要かつ合理的なものであると解」される場合であって、この件についていえば、喫煙を認めると、罪証隠滅(不利な証拠を燃やしちゃう)とか火災起こして逃亡とかのおそれがあるので、それを理由とする制限は「必要かつ合理的」であって、だから13条違反じゃないよ、というわけです。
いずれにしても、喫煙禁止が「許されない」というのはこの判断とは正反対ですので、この選択肢イは判例の立場ではありません。



憲法〈1〉
最高裁は、未決拘禁者に対する喫煙禁止の合憲性が争われた事案(略)において、被拘禁者の自由に対して、「必要かつ合理的な」制限を加えることができ、その判断は「制限の必要性の程度と制限される基本的人権の内容、これに加えられる具体的制限の態様との較量のうえに立って決せられるべきもの」であるところ、「喫煙を許すことにより、罪証隠滅のおそれがあり、また、火災発生の場合には被拘禁者の逃走が予想され、かくては、直接拘禁の本質的目的を達することができないことは明らかである。のみならず、被拘禁者の集団内における火災が人道上重大な結果を発生せしめることはいうまでもない」のであり、「他面、煙草は生活必需品とまでは断じがたく、ある程度普及率の高い嗜好品にすぎず、喫煙の禁止は、煙草の愛好者に対しては相当の精神的苦痛を感ぜしめるとしても、それが人体に直接障害を与えるものではないのであり、かかる観点よりすれば、喫煙の自由は、憲法22条の保障する基本的人権の一に含まれるとしても、あらゆる時、所において保障されなければならないものではない」ことから、喫煙を禁止する旧監獄法施行規則96条が憲法13条に違反しないと判断している。



野中俊彦・中村睦男・高橋和之・高見勝利 『憲法I 第4版』 240頁

憲法
未決勾留中の者に対する喫煙禁止の合憲性が争われた訴訟で、一・二審は旧来の特別権力関係論に言及して国家賠償を求めた原告の請求を棄却したが、最高裁判決は、この理論には直接言及することなく、喫煙の禁止という程度の制限は必要かつ合理的なものであるとして上告を棄却した。判旨は、喫煙の自由が「憲法13条の保障する基本的人権の一に含まれるとしても、あらゆる時、所において保障されなければならないものではない」として「喫煙を許すことにより、罪証隠滅のおそれがあり、また、火災発生の場合には被拘禁者の逃走が予想され、かくては、直接拘禁の本質的目的を達することができない」として喫煙禁止は憲法13条に違反しないとした。ここでは、比較衡量論や必要性・合理性の基準のとらえ方、喫煙の自由の権利性などが理論上問題になるが、火災発生防止目的のほか、非喫煙者の保護(受動喫煙防止)目的に照らして禁止手段が正当化されるという主張も存在する。
(略)
これに対して、喫煙の自由について最高裁は「喫煙の自由は、憲法13条の保障する基本的人権の一に含まれるとしても、あらゆる時、所において保障されなければならないものではないJとして未決拘禁者に対する喫煙禁止処分を合憲と判断した。



辻村みよ子 『憲法 第3版』 156-157, 178-179頁

憲法 (新法学ライブラリ)
在監者の権利の制約は,未決拘禁者の逃亡・罪証隠滅の防止,受刑者の矯正教化,監獄内の規律と秩序の維持など,監獄(刑事施設)運営上の正当な目的を達成するために必要な最小限度にとどまるべきものである。
(略)
なお,未決拘禁者について喫煙を禁ずる旧監獄法施行規則が憲法13条に違反するものといえないことは明らかであるとした最大判(略)がある。
(略)
判例も,この条項[憲法13条]を根拠に(略)喫煙する自由を認めている。
(略)
憲法13条との関係が問題となった,明文によって保障されていない具体的自由としては(略)在監者の喫煙の自由(略)などがある。
(略)
日本の最高裁判例は,ときに,内容中立規制であるか内容に基づく規制であるかの区別にこだわらず,表現活動への規制一般について, 「規制が必要とされる程度と,制限される自由の内容及び性質,これに加えられる具体的制限の態様及び程度等を較量して」,「公共の福祉による合理的で必要やむを得ない限度の制限」であるか否かを判断するという抽象的な判断枠組みを示すことがある((略)この衡量の定式は,在監者の喫煙の自由に関する最大判(略)に由来する。)



長谷部恭男 『憲法 第4版』 142-143, 152, 167-168, 208頁