参議院議員の定数不均衡訴訟判例(昭和58年)


主文

本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。


理由

上告代理人山本次郎、同畑良武、同廣川浩二、同越山康の上告理由について

1 本件上告理由の要旨は、(1)憲法14条1項、15条2項、43条1項及び44条の各規定は、国会両議院の議員の選挙について、単に選挙人の資格における差別を禁止するのみならず、選挙権の内容の平等、すなわち各選挙人の投票の価値の平等をも保障するものであり、したがつて、公職選挙法(昭和57年法律第81号による改正前のもの。以下同じ。)4条2項所定の参議院地方選出議員についての各選挙区ごとの議員定数が選挙区の選挙人数又は人口に比例して定められるべきことも、これら憲法の規定の要求するところと解すべきである、(2)しかるに、参議院地方選出議員の定数配分を定めた公職選挙法14条、同法別表第2(以下「本件参議院議員定数配分規定」という。)は、既にその制定の当初において、その総定数の一部を各選挙区の選挙人数又は人口に関係なく各2人ずつ配分した点において憲法の右各規定に違反するものであつたばかりでなく、その後の人口の異動に伴い、昭和52年7月10日の本件参議院議員選挙の当時においては、議員1人当たりの選挙人数に選挙区間で最大1対5.26の較差が生ずるなどしていたのであつて、結局、本件参議院議員定数配分規定は、住所(選挙区)のいかんによつて一部の国民を不平等に取り扱うものであり、本件参議院議員選挙当時において憲法の右各規定に違反していたものである、(3)それゆえ、このような本件参議院議員定数配分規定に基づいて実施された本件選挙区における本件参議院議員選挙は、無効とされるべきものであるところ、これと異なる見解に立つて上告人らの請求を排斥した原判決は、憲法の右各規定の解釈 適用を誤つたものである、というのである。



2 そこで検討するのに、議会制民主主義を採る我が憲法の下においては、国権の最高機関である国会を構成する衆議院及び参議院の各議員を選挙する権利は、国民の国政への参加の機会を保障する基本的権利であつて、憲法は、その重要性にかんがみ、14条1項の定める法の下の平等の原則の政治の領域における適用として、成年者による普通選挙を保障するとともに、人種、信条、性別、社会的身分、門地、教育、財産又は収入によつて選挙人の資格を差別してはならないものとしている(15条3項、44条)。そして、この選挙権の平等の原則は、単に選挙人の資格における右のような差別を禁止するにとどまらず、選挙権の内容の平等、すなわち議員の選出における各選挙人の投票の有する価値の平等をも要求するものと解するのが相当である。
しかしながら、もともと右にいう投票価値は、議会制民主主義の下において国民各自、各層のさまざまな利害や意見を公正かつ効果的に議会に代表させるための方法としての具体的な選挙制度の仕組みをどのように定めるかによつてなんらかの差異を生ずることを免れない性質のものである。そして、憲法は、国会両議院の議員の選挙について、およそ議員は全国民を代表するものでなければならないという制約の下で、議員の定数、選挙区、投票の方法その他選挙に関する事項は法律で定めるべきものとし(43条、47条)、どのような選挙の制度が国民の利害や意見を公正かつ効果的に国会に反映させることになるかの決定を国会の極めて広い裁量に委ねているのである。それゆえ、憲法は、右の投票価値の平等を選挙制度の仕組みの決定における唯一、絶対の基準としているものではなく、国会は、正当に考慮することのできる他の政策的目的ないし理由をもしんしやくして、その裁量により衆議院議員及び参議院議員それぞれについて選挙制度の仕組みを決定することができるのであつて、国会が具体的に定めたところのものがその裁量権の行使として合理性を是認しうるものである限り、それによつて右の投票価値の平等が損なわれることとなつても、やむをえないものと解すべきである。
以上は、最高裁昭和49年(行ツ)第75号同51年4月14日大法廷判決(民集30巻3号223頁)の趣旨とするところでもあつて、いまこれを変更する要をみない。



3 以上のような見地に立つて、本件についてみるのに、公職選挙法は、参議院議員の選挙については、衆議院議員のそれとは著しく趣を異にする選挙制度の仕組みを設け、参議院議員を全都道府県の区域を通じて選挙される全国選出議員と都道府県を単位とする選挙区において選挙される地方選出議員とに区分している(4条2項、12条1項、2項、14条、別表第2)。そして、右地方選出議員の各選挙区ごとの議員定数を定めた本件参議院議員定数配分規定は、昭和46年法律第130号により沖縄の復帰に伴い新たに同県の地方選出議員の議員定数2人が付加されたほかは、参議院議員選挙法(昭和22年法律第11号)別表の定めをそのまま維持したものであつて、その制定経過に徴すれば、憲法参議院議員は3年ごとにその半数を改選すべきものとしていることに応じて、各選挙区を通じその選出議員の半数が改選されることとなるように配慮し、総定数152人のうち最小限の2人を47の各選挙区に配分した上、残余の58人については人口を基準とする各都道府県の大小に応じ、これに比例する形で2人ないし6人の偶数の定数を付加配分したものであることが明らかである。
公職選挙法参議院議員の選挙の仕組みについて右のような定めをした趣旨、目的については、結局、憲法が国会の構成について衆議院参議院の二院制を採用し、各議院の権限及び議員の任期等に差異を設けているところから、ひとしく全国民を代表する議員であるという枠の中にあつても、参議院議員については、衆議院議員とはその選出方法を異ならせることによつてその代表の実質的内容ないし機能に独特の要素を持たせようとする意図の下に、前記のように参議院議員を全国選出議員と地方選出議員とに分かち、前者については、全国を一選挙区として選挙させ特別の職能的知識経験を有する者の選出を容易にすることによつて、事実上ある程度職能代表的な色彩が反映されることを図り、また、後者については、都道府県が歴史的にも政治的、経済的、社会的にも独自の意義と実体を有し一つの政治的まとまりを有する単位としてとらえうることに照らし、これを構成する住民の意思を集約的に反映させるという意義ないし機能を加味しようとしたものであると解することができる。
そうであるとすれば、公職選挙法参議院議員の選挙について定めた前記のような選挙制度の仕組みは、国民各自、各層の利害や意見を公正かつ効果的に国会に代表させるための方法として合理性を欠くものとはいえず、国会の有する前記のような裁量的権限の合理的な行使の範囲を逸脱するものであるとは断じえないのであつて、その当否は、専ら立法政策の問題にとどまるものというべきである。上告人らは、両議院は全国民を代表する選挙された議員でこれを組織すると定めた憲法43条一項の規定は参議院地方選出議員の議員定数の各選挙区への配分についても厳格な人口比例主義を唯一の基準とすべきことを要求するものであり、右のように地域代表の要素を反映した定数配分は憲法の右規定に違反する旨主張するけれども、右規定にいう議員の国民代表的性格とは、本来的には、両議院の議員は、その選出方法がどのようなものであるかにかかわらず特定の階級、党派、地域住民など一部の国民を代表するものではなく全国民を代表するものであつて、選挙人の指図に拘束されることなく独立して全国民のために行動すべき使命を有するものであるということを意味し、右規定が両議院の議員の選挙の仕組みについてなんらかの意味を有するとしても、全国を幾つかの選挙区に分けて選挙を行う場合には常に各選挙区への議員定数の配分につき厳格な人口比例主義を唯一、絶対の基準とすべきことまで要求するものとは解されないし、前記のような形で参議院地方選出議員の選挙の仕組みについて事実上都道府県代表的な意義ないし機能を有する要素を加味したからといつて、これによつて選出された議員が全国民の代表であるという性格と矛盾抵触することになるものということもできない。
このように、公職選挙法が採用した参議院地方選出議員についての選挙の仕組みが国会に委ねられた裁量権の合理的行使として是認しうるものである以上、その結果として、各選挙区に配分された議員定数とそれぞれの選挙区の選挙人数又は人口との比率に較差が生じ、そのために選挙区間における選挙人の投票の価値の平等がそれだけ損なわれることとなつたとしても、先に説示したとおり、これをもつて直ちに右の議員定数の配分の定めが憲法14条1項等の規定に違反して選挙権の平等を侵害したものとすることはできないといわなければならない。すなわち、右のような選挙制度の仕組みの下では、投票価値の平等の要求は、人口比例主義を基本とする選挙制度の場合と比較して一定の譲歩、後退を免れないと解せざるをえないのである。したがつて、本件参議院議員定数配分規定は、その制定当初の人口状態の下においては、憲法に適合したものであつたということができる。



4 ところで、以上のようにその制定の当初においては憲法に適合するものと認められた本件参議院議員定数配分規定による議員定数の各選挙区への配分も、その後の人口の異動に対応した是正措置が結局講ぜられなかつたことにより、昭和52年7月10日の本件参議院議員選挙の当時においては、選挙区間における議員1人当たりの選挙人数の較差が最大1対5.26に拡大し、また、選挙人数の多い選挙区の議員定数が選挙人数の少ない選挙区の議員定数よりも少なくなつているといういわゆる逆転現象が一部の選挙区においてみられたことは、原審の確定するとおりであつて、その限りでは、当初における議員定数の配分の基準及び方法と右のような現実の配分の状況との間にそごを来していることは否定しえない。
しかしながら、社会的、経済的変化の激しい時代にあつて不断に生ずる人口の異動につき、その政治的意味をどのように評価し、政治における安定の要請をも考慮しながら、これをいつどのような形で選挙区割、議員定数の配分その他の選挙制度の仕組みに反映させるべきか、また、これらの選挙制度の仕組みの変更にあたつて予想される実際上の困難や弊害をどのような方法と過程によつて解決するかなどの問題は、いずれも複雑かつ高度に政策的な考慮と判断を要求するものであつて、その決定は、これらの変化に対応して適切な選挙制度の内容を決定する責務と権限を有する国会の裁量に委ねられているところである。
したがつて、人口の異動が生じた結果、それだけ選挙区間における議員1人当たりの選挙人数の較差が拡大するなどして、当初における議員定数の配分の基準及び方法とこれらの状況との間にそごを来したとしても、その一事では直ちに憲法違反の問題が生ずるものではなく、その人口の異動が当該選挙制度の仕組みの下において投票価値の平等の有すべき重要性に照らして到底看過することができないと認められる程度の投票価値の著しい不平等状態を生じさせ、かつ、それが相当期間継続して、このような不平等状態を是正するなんらの措置を講じないことが、前記のような複雑かつ高度に政策的な考慮と判断の上に立つて行使されるべき国会の裁量的権限に係るものであることを考慮しても、その許される限界を超えると判断される場合に、初めて議員定数の配分の定めが憲法に違反するに至るものと解するのが相当である。
これを本件についてみるのに、参議院議員の任期を6年としていわゆる半数改選制を採用し、また、参議院については解散を認めないものとするなど憲法の定める二院制の本旨にかんがみると、参議院地方選出議員については、選挙区割や議員定数の配分をより長期にわたつて固定し、国民の利害や意見を安定的に国会に反映させる機能をそれに持たせることとすることも、立法政策として許容されると解されるところである。これに加えて、原審の認定する事実関係に徴すると、参議院地方選出議員の選挙について公職選挙法が採用した2人を最小限として偶数の定数配分を基本とする前記のような選挙制度の仕組みに従い、その全体の定数を増減しないまま本件参議院議員選挙当時の各選挙区の選挙人数又は人口に比例した議員定数の再配分を試みたとしても、なおかなり大きな較差が残るというのであつて、選挙区間における議員1人当たりの選挙人数の較差の是正を図るにもおのずから限度があることは明らかである。そして、他方、本件参議院議員定数配分規定の下においては、前記のように、投票価値の平等の要求も、人口比例主義を基本として選挙区割及び議員定数の配分を定めた選挙制度の場合と同一に論じ難いことを考慮するときは、本件参議院議員選挙当時に選挙区間において議員1人当たりの選挙人数に前記のような較差があり、あるいはいわゆる逆転現象が一部の選挙区においてみられたとしても、それだけではいまだ前記のような許容限度を超えて違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態が生じていたとするには足らないものというべきである。したがつて、国会が本件参議院議員選挙当時までに地方選出議員の議員定数の配分を是正する措置を講じなかつたことをもつて、その立法裁量権の限界を超えるものとは断じえず、右選挙当時において本件参議院議員定数配分規定が憲法に違反するに至つていたものとすることはできない。



5 以上の次第であるから、本件参議院議員選挙当時において本件参議院議員定数配分規定が憲法14条1項等の規定に違反するものであつたとする上告人らの主張は理由がなく、上告人らの本訴請求を排斥した原判決は正当として是認すべきである。論旨は、ひつきよう、上記説示と異なる独自の見解に立つて原判決の不当をいうに帰し、採用することができない。
よつて、行政事件訴訟法7条、民訴法396条、384条、95条、89条、93条に従い、裁判官伊藤正己、同宮崎梧一、同大橋進の各補足意見、裁判官横井大三、同谷口正孝の各意見、裁判官団藤重光、同藤崎萬里の各反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。



裁判官伊藤正己の補足意見は、次のとおりである。
私は、本件参議院議員定数配分規定が、その制定当初においても、また本件参議院議員選挙当時においても、憲法14条1項等の規定に違反するものではないと解する多数意見に同調し、それを違憲とする本件上告理由は理由がないと考えるのであるが、多数意見の説示、特に憲法14条1項の規定の解釈適用に関する説示には、十分に納得させるに足りる根拠が示されていない憾みがなくはないと思われるので、この機会に私の補足意見を述べておきたい。



1 思うに、近代の民主制の下においては、国民は、個人として平等の価値を有するものと考えられ、具体的な人間存在として多くの差異があるにもかかわらず、すべての国民が法の下は平等に取り扱われる。特に、国政に参与するための国民の能動的権利である選挙権については、一定の年齢に達したすべての国民に1票が与えられ、かつ1票を超える投票数を与えられないといういわゆる平等選挙が重要な原則とされ、代表民主制の発展に伴つて、この1人1票の原則が実現されてきた。本件においては、このように国民各自が1票を持つことのみならず、その1票そのものの持つ価値の等しいこともまた憲法によつて要求されるところであるかどうかが問題とされている。もしこれもまた憲法の要求であるとすれば、全国を1選挙区とするのであればともかく、それを複数の選挙区に分け、それぞれに一定の議員定数を配分する場合には、その定数と人口(選挙人数)との比率の均等が求められることとなる。当裁判所は、この点について、憲法14条1項に定める法の下の平等は、選挙権の内容の平等、すなわち各選挙人の投票の価値の平等をも憲法の要求するところであると判示している(最高裁昭和49年(行ツ)第75号同51年4月14日大法廷判決・民集30巻3号223頁。以下「51年大法廷判決」という。)。いまこの51年大法廷判決の趣旨を変更する必要のないことは、多数意見の説くとおりである。
もつとも、51年大法廷判決は衆議院議員の選挙に関するものであるから、本件のような参議院議員の選挙について妥当するものではなく、それは別に考えなければならないとの見解もありえよう。もしそうであるとすると、参議院議員の選挙については、なお当裁判所昭和38年(オ)第422号同39年2月5日大法廷判決(民集18巻2号270頁。以下「39年大法廷判決」という。なお昭和38年(オ)第655号同41年5月31日第三小法廷判決・裁判集民事83号623頁、昭和48年(行ツ)第102号同49年4月25日第一小法廷判決・裁判集民事111号641頁参照。)の判例が生きていることとなる。しかしながら、参議院衆議院と基本的性格を異にし、それに即応して両院の組織原理が全く異なる(例えば、イギリスの貴族院アメリカ合衆国連邦議会の上院のごとし。)というのであればともかく、日本国憲法の下においては、両院ともに全国民を代表する選挙された議員で構成される(憲法43条)のであつて、参議院衆議院と組織原理を全く異にするものではない。したがつて、衆議院議員の選挙について投票価値の平等が憲法上要求されるとすれば、のちにみるように、定数配分が合理的かどうかを、人口とともにそれ以外の要素もしんしやくして判断するにあたつて両院の差異を考慮すべきであるとしても、憲法上の投票価値の平等の要求は、参議院議員の選挙についても妥当するものといわざるをえない。51年大法廷判決は、衆議院議員の選挙のみでなく、参議院議員の選挙についても判断を示しているものと考えられる。その意味で、39年大法廷判決は、必ずしもその趣旨が明確ではないが、もし参議院議員の選挙について憲法上投票価値の平等が要求されていないものと判示しているとすれば、その限度で、51年大法廷判決によつて変更されているとみるほかはない。



2 このようにして、憲法14条1項の規定は、参議院議員を含めて国会議員の選挙についての投票価値の平等を要求していると解されるが、そのことは、直ちに人口のみを基準として各選挙区に議員定数を配分すべきことを意味するものではない。国会は、投票価値の平等のほかにもしんしやくできる事項を考慮して公正かつ効果的な代表という目標の実現のために具体的に適切な選挙制度を決定できるのであつて、このことは51年大法廷判決の明らかに示すところであり、また多数意見の説示するとおりである。
国会は、この決定にあたつて、人口を1つの基準としつつも、それ以外の要素を考慮に入れて裁量を行うことができる。問題は、この裁量権の行使がどの範囲で許容されるかということであるが、憲法は、この裁量権の範囲を広く認めているものと解するのが相当である。その理由は、以下に述べるとおりである。



(1)憲法47条は、両議院の議員の選挙区、投票の方法その他選挙に関する事項は法律をもつて定めるものと規定しており、選挙制度をどのように定めるかは原則として立法の裁量に委ねるものとしている。そこで、選挙区をどのように定めるか、それぞれの選挙区にどのように議員定数を配分するかは、全国民の意見が国会に公正かつ効果的に反映され、国会が真に国民代表の機関となるように配慮して、国会自身が定めるのであり、その意味でそれは立法部の広い裁量権に属する。もとよりこの裁量権の範囲が広いといつても、それは決して無制限のものではなく、国民を代表する国会議員の選挙の方法として合理性を欠き、その裁量権の逸脱にあたるようなことは憲法上許されないのであるが、憲法47条の規定は、選挙に関する事項について、立法政策上の当否に関し政治上問題となる余地はあるとしても、法的には立法部の判断が尊重されるべきことを示していると解してよい。



(2)しかし、(1)に述べたところのみをもつて、本件の問題を解決することは適切ではない。既に述べたように、憲法14条1項の規定が投票価値の平等を要求するものである以上、選挙に関する事項についての立法部の裁量権も、同項に基づく制限に服さねばならないからである。したがつて、ここで同項をどう解釈するかが問われねばならないことになる。
憲法14条1項の規定は、一般的に国民に対して法の下の平等を保障しているが、特に人種、信条、性別など同項後段所定の事由による差別的取扱いは、個人の平等を核心とする自由国家的民主制の原則を破壊するものと考えられ、そのような差別的取扱いの合憲性の判断には厳格な基準が適用されるべきものと解される。したがつて、このような事由によつて差別を行う立法は、違憲の疑いの強い差別的取扱いをするものであつて、通常の立法に与えられる合憲性の推定は存在せず、その立法が合憲であると主張する側において、それについての合理的な理由が存在し、それが合憲であることを示さなければならない。
これに反して憲法14条1項後段に挙げられていない事由による区別が行われても、それは必ずしも自由国家的民主制の本質にかかわるものとは考えられない。その場合にも、同項前段の定める法の下の平等の保障に反するときには平等権の侵害として違憲になるが、その区別を行う立法には合憲性の推定が存在し、このような立法が合憲かどうかを審査するにあたつては、その判断基準は厳格なものではなく、立法部の裁量権が広く認められることになる。例えば、年齢や職業(同項後段にいう社会的身分は、自己の意思をもつて離れることのできない地位を意味し、職業などは、そのうちに入らないと解される。)により法的な取扱いに差異があつても、これを違憲と主張する場合には、その主張をする側においてそれが合理性を欠く恣意的なものであることを示さなければならないこととなる。
右のような憲法14条1項の解釈によれば、選挙区への議員定数の配分が同項後段に挙げられる事由のいずれかによつて差別されていると認められる場合、例えば特定の信条を持つ選挙人が著しく多数を占める選挙区に配分される議員定数が他に比して少数であり、信条による差別的取扱いがあると認められる場合には、厳格な基準が適用され、それは憲法上正当な理由を欠く差別とされよう(51年大法廷判決が、人種、信条、性別等による投票価値の差別は憲法上正当な理由を欠くものであると判示しているのも、同じ考え方に立つものと思われる。)。しかし、一般に選挙区によつて投票価値の不平等であることが問題となるのは、同項後段所定の事由によるのではなく、国民が居住する場所によつて差別的取扱いを受ける場合であり、上告人らが本件参議院議員定数配分規定の違憲の理由として主張するところも、住所地を異にすることによる投票価値の較差の存在である。これは、同項後段所定の事由に基づくものではないから、前述のように、立法に対する合憲性の推定が働き、国会の裁量権の範囲が広く、その立法が合理性を欠く恣意的な差別をする場合に初めて憲法に反するものということができる。
なお、この点に関して、選挙権は代表民主制における最も枢要な基本権であるから、これについて国民の間に区別が行われるときには、それがいかなる事由によるものであるかを問わず、厳格な基準で判断すべきであるという見解もありうる。確かに選挙権に差別的取扱いがなされることは代表制に歪みを生ずるから、その平等取扱いは重要である。しかし、憲法は、国会議員の選挙人の資格について、14条1項後段に挙げる事由のほかに、特に44条但し書において、教育、財産、収入による差別の禁止を明記している。したがつて、国会議員の選挙人の資格については、通常の場合に比して、合憲性の推定を受けずに厳格な判断基準が適用される場合が多いこととなる。通常の場合には、教育、財産、収入による差別的取扱いも、14条1項前段にあたる場合となるが、選挙権に関する限り、これらの事由による差別も合理性を欠くものとされる。この点で憲法は選挙権の平等について特別の配慮をしているのであり、その配慮以上に選挙権の平等についての憲法上の要求を強める解釈は適当ではないと考えられる。
また、選挙区間において議員定数と人口との比率に多少の較差があるのはともかく、重大な較差があるときには、合憲を主張する側が、その較差にもかかわらず合憲であるための合理性を持つことを示す必要があり、それが示されない限り違憲となるという見解もありうるが、比率の較差の大小のみをもつて判断基準が厳格なものに転換し、合憲性の推定が失われるとするのは、憲法14条1項の解釈として説得力を持ちえないと思われる。



3 以上のように考えると、憲法は、投票価値の平等を要求しているが、合理的な理由に基づく差別的取扱いをすることは許容するものであり、しかも、それが合理的であるかどうかの判断については立法部の裁量に委ねられるところが広く、選挙区間における議員定数と人口との比率の較差は、それが明らかに不合理で恣意的な差別であることが示されたときに違憲と判断されると解するのが相当である。裁判所が憲法14条1項、44条但し書等の規定を根拠として、国会議員の選挙について厳しい基準をもつて投票価値の平等を求め、人口との比率のみを盾に取つて立法部の定める議員定数の配分を違憲と断ずることは憲法上適切でなく、許容される裁量権の範囲を逸脱する場合にのみこれを違憲とすべきものと考えられる。
そこで、本件の場合に、上告人らの主張するような、選挙区間において議員1人当たりの選挙人数に最大1対5.26という大きな較差があり、またいわゆる逆転現象が一部の選挙区にみられることが、選挙区及び議員定数の定め方についての恣意的で明らかに不合理な差別にあたるかどうかが問題とされることになる。
この点を考えるにあたつては、本件で問題とされている参議院議員の選挙を衆議院議員の選挙と区別して考えることが必要である。衆議院は国民一般を代表し優越性を持つ議院であり、その議員の選挙においては、人口に基づいて議員定数を配分することが重視されるのは当然である。もとより、この場合にも、前述したような立法部の裁量権のあることは憲法上認められるけれども、許容される裁量の幅は、その性質上参議院議員の選挙の場合に比して狭いものといわざるをえない。これに反して、参議院もまた「全国民を代表する選挙された議員」をもつて組織されるが、もしこれを衆議院と同じように人口比率を重視して選挙された議員で構成するとすれば、たとえ選挙区などで両者に差異を認めるとしても、参議院は、衆議院のカーボン・コピーともいうべきものとなり、立法の審議を慎重にすることに多少の役割を果たすとしても、衆議院の過誤を改め、その決定に修正を加え、あるいは政府と国会との間の対立を調整するという参議院に期待される機能を営むことが困難になる。参議院はむしろ衆議院とは異なる角度から国民を代表することによつて、両院あいまつて国会が公正かつ効果的に国民を代表する機関たりうるのである。現代の社会構造が複雑であるだけに、参議院には衆議院と異なる代表原理を取り入れ、人口を基準にするのみでは十分に代表されない国民層の種々の利益を代表させることを考えることも立法部に対して要求されるといえるし、少なくともその要求にこたえることは、立法部に許される裁量権の行使の範囲内にあるといわねばならない。
以上の考察を前提とすれば、参議院議員選挙の現行制度が、一方では全国選出議員の選挙については、そこでの各選挙人の投票の価値を完全に平等なものとし、しかもそこに職能代表の要素を実際上持たせ、他方で地方選出議員の選挙については、市町村と並んで地方自治を担うべき普通地方公共団体である都道府県を基盤とする地域代表の性質を加味して議員定数を配分していることは、衆議院とは異なる代表原理を採用することにより、国民全体のうちに存する各種の利益を多面的に代表させるような仕組みであると理解することができる。この考え方からすれば、本件で争われている参議院地方選出議員についての選挙区への定数配分は、その制定当初においてはもとより合憲であり、また本件参議院議員選挙当時において議員1人当たりの選挙人数に所論のような較差があるとしても、それが明らかに不合理で恣意的な差別でありそれを是正しないことが立法部の裁量権の逸脱にあたるとして違憲のものと判断すべきものとは考えられない。もつとも、その較差はかなり大きいものであり、またいわゆる逆転現象の存在することは、定数配分の立法政策上の当不当の問題を生じ、その是正が期待される面もないではないが、その是正はあくまで立法部に委ねられており、この程度の較差にあつては、裁判所が介入してそれを違憲と判断することはできないというべきである。



裁判官宮崎梧一は、裁判官伊藤正己の右補足意見に同調する。



裁判官大橋進の補足意見は次のとおりである。
原判決は、選挙人数の多い選挙区の議員定数が選挙人数の少ない選挙区の議員定数よりも少なくなつているといういわゆる逆転現象を特に問題としているので、この点についての私の補足意見を述べておきたい。
多数意見の判示するとおり、参議院地方選出議員の議員定数の各選挙区への配分について、公職選挙法は、最小限の2人を各選挙区に配分した上、残余の定数について、人口を基準とする各選挙区の大小に応じこれに比例する形で2人ないし6人の偶数の定数を付加配分したものである。このような議員定数の配分方法によつた場合、人口の近接した選挙区の間においては若干の人口の異動があつたにすぎないときでも容易に逆転現象が生じうるものであることは明らかであり、このような逆転現象の生ずることを常に回避しなければならないものとすれば、議員定数の配分を頻繁に改正しなければならないこととなつて、安定的に運用されるべき選挙制度の実際にそぐわない。
そもそも、本件においては、議員定数の配分の不均衡から生ずる個個の選挙人についての投票価値の平等が問題なのであつて、選挙区全体としての議員定数の配分の多寡が問題なのではない。したがつて、右の投票価値の平等の問題は、専ら議員1人当たりの選挙人数の比較という角度からとらえることで十分であり、これとは別に逆転現象を問題とする必要や余地はないと考える。



裁判官横井大三の意見は、次のとおりである。
私も、多数意見と同じく、本件上告はこれを棄却すべきものと考える。しかし、その理由は、多数意見と異なる。私の考えは、以下に述べる通りである。



1 多数意見を要約すると、次のようになるであろう。
憲法14条1項等の規定は、投票価値の平等をも要求するものである。しかし、この原則も、選挙制度の仕組みいかんにより変容を受ける。ところが、この選挙制度の仕組みをどのように構築するかは、国会の広範な裁量に委ねられている。国会は、合理性の枠を踏み外さない限り、投票価値の平等のほか、いろいろな政策的目的ないし理由をしんしやくして選挙制度の仕組みを考えることができるのである。そう考えると、現在の参議院地方選出議員の定数配分は、その制定当初において合憲であつたばかりでなく、人口の異動の結果、選挙区間に投票価値の著しい不均衡が生じた今でも憲法違反とはいえない。
この私の要約にして誤りがなければ、多数意見では投票価値の平等と選挙制度の仕組みとがどういう関係に立つのか、必ずしもはつきりしないように思われる。



2 私は、憲法が国会の構成につき二院制を採用している趣旨にかんがみ、第一院たる衆議院の議員の選挙においては、投票価値の平等が可能な限り実現されるように選挙制度の仕組みが考えられなければならないが、第二院たる参議院の議員の選挙においては、第二院にふさわしい選挙制度の仕組みを別に考えるべきものと思う。もちろん、第二院にふさわしい選挙制度の仕組みといつても、成人たる全国民が人種、信条、性別、社会的身分、門地、教育、財産又は収入による差別なく参加しうるものでなければならないし、選挙された議員は全国民を代表するものでなければならない。そのほか、投票価値の平等ということも考慮に入れるべきであろうが、それは、憲法上の要求としてではなく、妥当な選挙制度の仕組みを考える場合の重要な要素であるにとどまるものと考える。



3 私が、投票価値の平等と選挙制度の仕組みとの関係につき、右のように考えるのは、憲法制定の過程及び憲法の諸規定より帰納される衆議院及び参議院の性格並びに両院の相互関係による。
憲法制定の過程においては、国会の構成につき、まず一院制が提案され、これに対し二院制を妥当とする反対意見が述べられたが、結局両院とも全国民を代表する選挙された議員で組織するという規定を置くこととして二院制が採用された。そして、このように第二院を置く理由は、第一院の不当なる多数圧制に対する抑制と行き過ぎた一時的の偏りに対する制止にあるとされている。
現行憲法の規定をみると、法律案・予算の議決、条約の承認、内閣総理大臣の指名につき衆議院の優位を、衆議院内閣不信任決議案の可決又は信任決議案の否決には内閣に対し解散か総辞職かの二者択一を迫る効力を認める一方、衆議院が解散となつた場合その間の国会の機能を暫定的に参議院の緊急集会をして行わせることとし、この両院の機能の差異に副うよう、衆議院議員の任期を4年とするのに対し、参議院議員の任期を6年とした上、3年ごとの半数改選制を採つて、参議院衆議院より息の長い機関に構成し、任期中の解散を認めないこととしている。 これによれば、第一院としての衆議院に対し、参議院は、第二院として衆議院の行過ぎ又は偏りを抑止することを主たる任務とするものといえよう。



4 このようにみてくると、国民の総意は何よりもまず衆議院に可能な限り正しく反映されることが必要であり、その方法として、投票価値の平等を軸とした人口比例主義を基本原則とする選挙制度憲法自身が予定しているものといわなければならない。過疎と過密、都市と農村、都道府県その他の行政区画の広狭、その沿革や住民意識の相違などは、多数意見のいう政策的目的ないし理由に属するのであろうが、それが選挙区に対する定数配分の増減にどう結びつくのか必ずしもはつきりしない。これに反し、人口又は選挙人数は、その多寡が配分される議員定数の多寡と正比例的に結びつく性質を持つている。衆議院議員の選挙においては、前述した憲法上の諸規定を通じて看取される衆議院の性格に照らし、各選挙人をすべて平等な人格と想定し、それぞれに価値の平等な選挙権を与えるべきものと考えられる。



5 しかし、右に述べたような選挙によつて衆議院に反映される国民の総意は、その平均的意思としての総意にほかならない。年齢、経験、能力等の差異に基づく国民各自の意思は、稀釈されて右総意の中に混在させられているにすぎない。もし国民の平均的総意のみが国民の正しい意味での総意であるとするならば、憲法が二院制を採用し、国民の平均的総意を反映する衆議院のほかに参議院を設ける意義に乏しいといわざるをえない。憲法衆議院のほかに参議院を設けたのは国民の平均的総意の中にひそむ、別の、あるいは少数ながら優れた国民の知恵を選挙を通じて汲み出し、これを国会の意思決定に参加させようとするためであると思う。
そのような国民の知恵を選挙により国民の中から汲み出す方法として、公職選挙法は、参議院議員の選挙につき、全国選出制と地方選出制とを採用した。それが、前述した参議院の性格に合致した議員の選出に憲法の期待する効果を上げているかどうかについては論議のあるところであろう。これをどう手直しし、また、どのような運用上の改善を施せば、前述した参議院の性格にふさわしい議員を得ることができるかは、正に国会自身の考究すべき問題であるといわなければならない。本件で問題となつている参議院地方選出議員の選挙区間における議員1人当たりの選挙人数の較差をどのように取り扱うかも、よりよい参議院議員を得るのにふさわしい選挙制度創出の過程で考慮されるべき事柄にすぎない。いわゆる逆転現象についても同じである。いずれも、それだけで憲法違反の問題を生ずるものではない。



裁判官谷口正孝の意見は、次のとおりである。
本件参議院議員選挙当時に選挙区間において議員1人当たりの選挙人数に所論のような較差があつても、国会の裁量に委ねられた許容限度を超えて違憲の問題が生ずる程度の投票価値の著しい不平等状態が生じていたといえないことは、多数意見に示すとおりである。参議院議員の選挙については、その選挙制度の仕組みにかんがみて各選挙区に対する議員定数の配分が選挙人数に応じて行われるべきであるという憲法14条1項の規定の要求が希薄にならざるをえないことは承認できるところである。
しかし、制定当初においては憲法に適合するものと認められた本件参議院議員定数配分規定による地方選出議員の議員定数の各選挙区への配分において、その後の人口の異動に対応した是正措置が採られなかつたことにより選挙人数の多い選挙区の議員定数が選挙人数の少ない選挙区の議員定数よりも少なくなつているといういわゆる逆転現象が生じている場合については、更に検討することが必要である。この場合も議員一人当たりの選挙人数の較差がある場合を別の角度からとらえた現象にすぎず、右較差の問題一般として論ずれば足り、逆転現象の場合を特に区別して考える必要はないとする見解もあろう。多数意見も、このような考え方に立つものと思われる。
しかし、議員1人当たりの選挙人数につき選挙区の間で生じている較差の問題は、較差の程度の問題、いわば量的問題として考えれば足りるが、いわゆる逆転現象の場合は、より多数の選挙人を有する選挙区に対しより少数の議員定数しか配分されないことになつており、より少数の選挙人しか有しない選挙区に対する議員定数の配分との比率が逆転した状態となつているのである。前者の場合は、選挙人数に応じた議員定数の配分の多寡の問題であつて、議員定数を定めるにあたつて基準となるべき投票価値の平等の原理がなお考慮されているものとみることができる。しかし、後者の場合、逆転現象を生じている選挙区のすべてについてそうであるとまでいわないとしても、通常人の判断をもつてすれば逆転関係が特に顕著に生じているとみられる選挙区については、議員定数の配分の多寡という量的問題を超えてその配分について著しい不平等を生じているというべきであり、そこではもはや投票価値の平等の原理が全く考慮されていない状態になつているといわざるをえないのである。
このような場合についても、なお投票価値の著しい不平等の状態を生じさせる程度に達せず、国会の裁量権の許容限度を超えて違憲の問題を招くに至つていないといいうるためには、被上告人側において特段の主張立証を必要とするものというべきである。
ところで、原判決の認定判断するところによれば、本件選挙当時、北海道選挙区(選挙人数371万人。万未満切捨、以下同じ。)の議員定数が8人であるのに対し、神奈川県選挙区(選挙人数445万人)のそれは4人であり、また、大阪府
挙区(選挙人数560万人)のそれは6人であつて、これらの選挙区については、選挙人の絶対数と議員定数との関係において特に顕著な逆転関係が生じているとみ
るのが通常人の受止め方であろう。そして、これらの場合につき、被上告人側において前記特段の主張立証のない本件においては、議員定数の配分について著しい不平等の状態を生じ、国会の裁量権の許容限度を超えていたもの、すなわち憲法違反の状態を生じていたものというべきである。
しかしながら、右のことから直ちに本件参議院議員定数配分規定を違憲無効のものと断ずることは困難といわざるをえない。
思うに、本件参議院議員定数配分規定は、原判決の判示するとおりその制定当初においては憲法14条1項の規定の要請を充たしていたものであるが、その後の人口の異動によつて次第に右の要請に適合しない状態を生ずるに至つたものというべきである。しかし、このような場合に、いかなる時点において憲法の要求に反する著しい不平等の状態に達したものと判断すべきかについては、必ずしも一義的に明白な判断基準を求め難いのであるから、右時点を確定するに困難を伴うもので、結局は第一次的には国会の適切な判断を期待するほかなく、しかも過密区と過疎区との人口偏差が時に従い変動する可能性のある流動的なものであることに思いを致し、かつ、衆議院議員選挙制度に対する参議院議員選挙制度の特殊性を考えれば、右変動に対応して議員定数配分規定の頻繁な改正をすることは相当でないばかりか技術上も困難であることは、容易に理解しうるところである。これらのことを考慮すると、本件参議院議員定数配分規定につき、いついかなる時点において是正の方途を講ずべきかは、是正の内容、選挙区間の権衡とも関連するものであり、したがつて、これらは、すべて将来の人口の異動の予測その他諸種の政策的要因を勘案して行使される国会の合理的裁量に委ねられていると解すべきである。
このように考えれば、裁判所は、当該議員定数配分規定による定数配分が憲法の要請する投票価値の平等に反するに至つていると考える場合においても、そのゆえをもつて直ちに右規定を違憲と断ずべきものではなく、右に述べた合憲、違憲の判断時点確定の難易及び是正方法の難易、国会の対応態度その他諸般の事情をしんしやくし、是正実現のために既往の期間を含めてなお相当期間の猶予を認めるべきものと考えられるときは、右期間内は、是正問題は未だ国会の裁量判断のための猶予期間内にあるものとして違憲の判断を抑制すべきものと解するのが相当である(最高裁昭和49年(行ツ)第75号同51年4月14日大法廷判決・民集30巻3号223頁参照)。
そして、本件参議院議員定数配分規定の是正問題は、原判示選挙当時未だ国会の裁量判断のための猶予期間内にあつたものと解され、裁判所が右規定を違憲と断ずることは相当でなく、したがつて、本件参議院議員定数配分規定の下に執行された本件選挙を違憲無効と断定することもまた困難であるといわなければならない。
以上の理由で、私は、結論においてこれと同旨の原判決は維持されるべく、本件上告は棄却されるべきものと考える。



裁判官団藤重光の反対意見は、次のとおりである。
わたくしも、多数意見が1から3までに説示しているところについては完全に見解を同じくするものであつて、本件参議院議員定数配分規定がその制定当初の人口状態のもとにおいて憲法に適合するものであつたことについて疑いをさしはさむものではない。憲法が採用する二院制のもとにおいて、第二院である参議院をどのようなものとして構想するかについては――それが全国民を代表する議員で組織されるものでなければならないことは当然の前提として(憲法43条1項)――立法府はきわめてひろい裁量権を有するものといわなければならない。わたくしが多数意見に賛同することに躊躇を感じるのは、多数意見が本件にみられるような国会の怠慢ともいうべき単なる不作為をもその裁量権の行使に属するものと考えている点についてである。
原審の認定によれば、本件参議院議員定数配分規定による議員定数の各選挙区への配分は、その後の人口の異動に対応した是正措置がとられなかつたことによつて、昭和52年7月10日の本件選挙当時においては、選挙区の間における議員1人あ
たりの選挙人数の較差が最大1対5.26に拡大していた状況にあつたというのである。最高裁昭和51年4月14日大法廷判決・民集30巻3号223頁(以下「51年大法廷判決」という。)は、衆議院議員選挙につき各選挙区の議員1人あたりの選挙人数の較差が約1対5であつたという事案について、その配分規定を全体として違憲の瑕疵を帯びるものと判断したのであつた。これに比較して、本件の1対5.26というのは、一段と大きい較差だといわなければならない。もちろん、衆議院のばあいとちがつて、参議院については、議員の3年ごとの半数改選という憲法上の要請があり(憲法46条)、したがつて、また、全国および地方選出議員をみとめる以上は、全体の定数を増減しないかぎり、地方選出議員の各選挙区への定数の再配分を試みたとしても、依然としてかなり大きな較差が残るのであつて、較差の是正にもおのずから限度があることは、多数意見の説示するとおりである。しかし、わたくしは、このことを充分に考慮に入れても、なおかつ、前記のような1対5.26という異常な較差を容易に是認するわけには行かないとおもう。
そればかりでなく、51年大法廷判決の事案においては8年余にわたつて改正がおこなわれないままに放置されたというのであつたが、本件参議院議員定数配分規定については、昭和46年に沖縄関係の改正があつたのを別論とすれば、昭和25年の公職選挙法制定以来、本件選挙にいたるまで実に27年余の長きにわたつて放置されて来たのである(昭和45年の国勢調査のときからとしても、ほぼ7年間放置されたことになる。)。なるほど、衆議院議員に関する公職選挙法別表第一には、5年ごとに国勢調査の結果によつて更正するのを例とする旨の付記があるのに対して、参議院議員に関する同法別表第2にはこのような付記は存在しないが、このような法律の次元における規定の差異が合憲性の理由づけとして援用されうるものでないことは、いうまでもない。右のような付記の有無は両議院の憲法上の性格の相違に由来するものと解されるから、やはり、さかのぼつて、参議院憲法上の特殊性が立論の基礎とされなければならないのである。
ところで、51年大法廷判決が「投票価値の平等もまた、憲法の要求するところである」としているのは両議院に共通の説示とみるべきであつて、同判決は、さらに、「投票価値の平等は、常にその絶対的な形における実現を必要とするものではないけれども、国会がその裁量によつて決定した具体的な選挙制度において現実に投票価値に不平等の結果が生じている場合には、それは、国会が正当に考慮することのできる重要な政策的目的ないしは理由に基づく結果として合理的に是認することができるものでなければならない」とし、「国会が衆議院及び参議院それぞれについて決定した具体的選挙制度は、それが憲法上の選挙権の平等の要求に反するものでないかどうかにつき、常に各別に右の観点からする吟味と検討を免れることができない」ものとしているのである。このような51年大法廷判決の趣旨は、本件多数意見によつても踏襲されているものと解される。
そうして、多数意見によれば、参議院議員を全国選出議員と地方選出議員とに分かつているのは、前者によつて事実上ある程度に職能代表的な色彩を反映させるとともに、後者によつて都道府県を構成する住民の意思を集約的に反映させ、このような仕組みによつて、国民各自各層の利害や意見を公正かつ効果的に国会に代表させるものだというのである。わたくしは、この点につき、多数意見に同調するのにやぶさかでない。憲法43条1項が「全国民を代表する」議員で両議院を組織するものとしているのも、このようなことを否定する趣旨とはとうてい考えられないのであつて、この点についても、わたくしは多数意見に賛同を惜しまない。そうして、わたくしは、参議院については、かりに立法府が、たとえば人口過疎地域、過密地域に対する対策として、都道府県の人口に対する比率を意図的にやぶるような議員定数の配分を考えて、そのような改正をしたとしても、議院が全国民を代表する議員で組織されるという大原則に背馳しないかぎり、それは立法府の合憲的な立法裁量の範囲に属するものと考えるのである。
このように、立法府が積極的に参議院議員選挙制度の改正をするにあたつては、きわめて広汎な裁量権をみとめられるべきであるが、しかし、本件では、前記のような異常な較差を生じている事態を立法府は単に看過放置して来たのである。このようなことを立法府裁量権の行使として理解することがはたして許されるであろうか。もちろん、立法府として、このような事態に対処するためになんらかの検討をおこなつて、その結果として、較差の存在にもかかわらず議員定数配分規定の改正は不要であるとの結論に到達したという事実でもあれば、それは立法府裁量権の行使とみとめられてしかるべきであろう。しかし、本件では、そのような事実は原審によつて確定されておらず、また、たしかに国会の内外で議員定数配分規定の改正にかかる種々の活動がおこなわれてはいたが、それらの活動の結果、国会の立法裁量権の行使として、本件参議院議員定数配分規定をそのまま維持するという結論に達したものとは、とうていみとめることができないのである。
このようにみて来ると、わたくしは、本件選挙当時において本件参議院議員定数配分規定は全体として違憲の状態にあつたものとみとめざるをえないのである。ただ、これによつて本件選挙の効力がどのような影響を受けるかについては、さらに別途の考察が必要である。わたくしは、さきに51年大法廷判決に関与した一人として、この点については右大法廷判決の判旨をそのまま援用する。このようにして、わたくしは、本件においては、原判決を変更して、上告人の請求を棄却するとともに、主文において本件選挙が違法である旨の宣言をするのを相当と考えるのである。



裁判官藤崎萬里の反対意見は、次のとおりである。
私は、多数意見とは異なり、原判決を破棄し本件訴えを不適法として却下すべきであると考える。その理由は、次のとおりである。



1 多数意見は、要するに、憲法14条1項等の規定が国会両議院の議員の選挙について投票価値の平等、すなわち、選挙の結果に対し各投票の及ぼす影響力が異なる選挙区間において実質的に等しくなるようにすることを要求するものであるとの前提に立ちつつ、本件参議院議員選挙当時において選挙区の間で議員1人当たりの選挙人数に最大1対5.26の較差があり、あるいはいわゆる逆転現象がみられたとしても、それだけでは直ちに憲法に違反するものではないとするものである。しかしながら、私は、憲法14条1項等の規定が右のような意味における投票価値の平等までも要求しているものとすることには賛成しえないし、ひいてはこの種の訴訟が公職選挙法204条の定める訴訟として許されるとすることにも賛同することができない。



2 憲法14条1項前段にはすべての国民が法の下に平等である旨の原則がうたわれているが、同条にもその他の憲法の条章にも、国会両議院の議員定数を選挙区別の選挙人の数に比例して配分すべきことを積極的に命ずる規定は存在しない。このような憲法の規定ぶりからすれば、私は、右のような議員定数の配分の仕方をすることは、法の下における平等という憲法の原則からいつて望ましいことであるが、それは望ましいというにとどまると解すべきものと考える。このようにあることが憲法の原則上望ましいということは、それが政治の努力目標とされるべきことを意味し、法の下における平等というような憲法の原則規定にあつては、このような綱領的側面のもつ意義を軽視してはならないと思う。しかしながら、他面、これを法律的な観点からみると、単にそうすることが望ましいというだけのことであれば、たとえそれが憲法の基本原則に由来することであつても、そこから違憲の問題を生ずることはないものといわなければならない。
最高裁昭和38年(オ)第422号同39年2月5日大法廷判決(民集18巻2号270頁)は、その前段においては、憲法には議員定数を選挙区別の選挙人の数に比例して配分すべきことを積極的に命ずる規定は存在しないこと、右のような配分の仕方をすることが憲法の平等原則からいつて望ましいこと等、前述したところと同趣旨のことを述べているが、判示後段に至り、議員定数と人口との不均衡が当該事案における程度ではなお立法政策の当否の問題にとどまると述べ、不均衡がある程度以上になると違憲の問題を生ずるとするものであるかのような説示の仕方をしている。斎藤朔郎裁判官はその意見の中でこの点に疑念を表明しておられるが、私もこれに同感である。



3 ところで、本件のような訴訟が公職選挙法204条の定める訴訟として許されるとする見解は、憲法が投票価値の平等を要求しているということを前提として、「国民の基本的権利を侵害する国権行為に対しては、できるだけその是正 救済の途が開かれるべきであるという憲法上の要請」(最高裁昭和49年(行ツ)第75号同51年4月14日大法廷判決・民集30巻3号223頁多数意見参照)にこたえようとするものであるということができる。
しかしながら、先にみたように、そもそも憲法は投票価値の平等を要求しているものではないとすれば、これに反する状態を是正する「憲法上の要請」が存在するということもないわけであつて、本件のような訴訟を公職選挙法204条の定める訴訟として許容する実質的理由はないことになる。当裁判所は、これまでこの種の訴訟を公職選挙法204条の規定により適法に提起しうるものとして取り扱つてきているが、これらの判決において斎藤朔郎裁判官(前掲最高裁昭和39年2月5日大法廷判決)、田中二郎裁判官(最高裁昭和38年(オ)第655号同41年5月31日第三小法廷判決・裁判集民事83号623頁)及び天野武一裁判官(前掲最高裁昭和51年4月14日大法廷判決)は、それぞれその意見又は反対意見の中でこの種の訴訟の適法性を疑問視しておられる。特に天野武一裁判官はこれを適法と認めえない理由を関係規定に即して詳細に論じておられるので、この点については同裁判官の意見を援用させていただく。



4 以上のとおり、私は、本件訴訟は公職選挙法204条の定める訴訟にはあたらず、また、他に準拠しうべき法条もないのであるから、これを適法とするに由ないものとして、原判決を破棄し本件訴えを却下すべきであると考えるものである。



     最高裁判所大法廷
         裁判長裁判官    寺   田   治   郎
            裁判官    団   藤   重   光
            裁判官    藤   崎   萬   里
            裁判官    中   村   治   朗
            裁判官    横   井   大   三
            裁判官    木   下   忠   良
            裁判官    鹽   野   宜   慶
            裁判官    伊   藤   正   己
            裁判官    宮   崎   梧   一
            裁判官    谷   口   正   孝
            裁判官    大   橋       進
            裁判官    木 戸 口   久   治
            裁判官    牧       圭   次
            裁判官    和   田   誠   一