参議院議員の定数不均衡訴訟判例(平成18年)その1


主文

本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。


理 由

上告人兼上告代理人山口邦明,同森徹,上告人土釜惟次,同野々山哲郎,同柏木栄一,同國部徹の各上告理由について

1 本件は,平成16年7月11日施行の参議院議員選挙(以下「本件選挙」という。)について,東京都選挙区の選挙人である上告人らが,公職選挙法の一部を改正する法律(平成12年法律第118号)による改正(以下「本件改正」という。)後の公職選挙法14条,別表第3の参議院(選挙区選出)議員の議員定数配分規定(以下「本件定数配分規定」という。)は憲法14条1項等に違反し無効であるから,これに基づき施行された本件選挙の上記選挙区における選挙も無効であると主張して提起した選挙無効訴訟である。



2 原審の適法に確定した事実関係等によれば,本件改正に至る経緯等は,次のとおりである。

(1)参議院議員選挙法(昭和22年法律第11号)は,参議院議員の選挙について,参議院議員250人を全国選出議員100人と地方選出議員150人とに区分し,全国選出議員については,全都道府県の区域を通じて選出されるものとする一方,地方選出議員については,その選挙区及び各選挙区における議員定数を別表で定め,都道府県を単位とする選挙区において選出されるものとした。そして,各選挙区ごとの議員定数については,定数を偶数としてその最小限を2人とする方針の下に,昭和21年当時の人口に基づき,各選挙区の人口に比例する形で,2人ないし8人の偶数の議員数を配分した。昭和25年に制定された公職選挙法参議院議員定数配分規定は,参議院議員選挙法の議員定数配分規定をそのまま引き継ぎ,その後,沖縄返還に伴って沖縄県選挙区の議員定数2人が付加された外は,平成6年法律第47号による議員定数配分規定の改正(以下「平成6年改正」という。)まで上記定数配分規定に変更はなかった。なお,昭和57年法律第81号による公職選挙法の改正により,参議院議員選挙についていわゆる拘束名簿式比例代表制が導入され,各政党等の得票に比例して選出される比例代表選出議員100人と都道府県を単位とする選挙区ごとに選出される選挙区選出議員152人とに区分されることになったが,比例代表選出議員は全都道府県を通じて選出されるものであって,各選挙人の投票価値に差異がない点においては,従来の全国選出議員と同様であり,選挙区選出議員は従来の地方選出議員の名称が変更されたものにすぎない。

(2)選挙区間における議員1人当たりの人口の最大較差は,参議院議員選挙法制定当時は1対2.62(以下,較差に関する数値は,すべて概数である。)であったが,その後,次第に拡大した。平成6年改正は,平成4年7月26日施行の参議院議員選挙当時には1対6.59にまで拡大していた選挙区間の議員1人当たりの選挙人数の最大較差を是正する目的で行われたものであり,前記のような参議院議員選挙制度の仕組みに変更を加えることなく,直近の平成2年10月実施の国勢調査結果に基づき,できる限り増減の対象となる選挙区を少なくし,かつ,いわゆる逆転現象を解消することとして,参議院議員の総定数(252人)及び選挙区選出議員の定数(152人)を増減しないまま,7選挙区で議員定数を8増8減した。上記改正の結果,上記国勢調査による人口に基づく選挙区間における議員1人当たりの人口の較差は,最大1対6.48から最大1対4.81に縮小し,いわゆる逆転現象は消滅することとなった。その後,上記改正後の定数配分規定の下において平成7年7月23日に施行された参議院議員選挙当時における選挙人数を基準とする上記較差は,最大1対4.97であった(なお,同年10月実施の国勢調査結果によれば,人口を基準とする上記較差は,最大1対4.79であった。)。

(3)本件改正は,昭和57年に導入された拘束名簿式比例代表制には幾つかの批判があり,また,中央省庁の改革,国家公務員の定員削減等が行われている状況において,行政を監視すべき地位にある立法機関である参議院においても定数を削減して事務の効率化等を図る必要があるとの声が高まったのを受けて,比例代表選出員の選挙制度をいわゆる非拘束名簿式比例代表制に改め,参議院議員の総定数を10人削減して242人としたものである。定数削減に当たっては,改正前の選挙区選出議員と比例代表選出議員の定数比をできる限り維持する方針の下に,選挙区選出議員の定数を6人削減して146人とし,比例代表選出議員の定数を4人削減して96人とした上,選挙区選出議員の定数削減については,直近の平成7年10月実施の国勢調査結果に基づき,平成6年改正の後に生じたいわゆる逆転現象を解消するとともに,選挙区間における議員1人当たりの選挙人数又は人口の較差の拡大を防止するために,定数4人の選挙区の中で人口の少ない3選挙区の定数を2人ずつ削減した。本件改正の結果,いわゆる逆転現象は消滅したが,上記国勢調査結果による人口に基づく選挙区間の議員1人当たりの人口の最大較差は1対4.79であって,本件改正前と変わらなかった。その後,平成13年7月29日施行の参議院議員選挙(以下「前回選挙」という。)当時における選挙区間の議員1人当たりの選挙人数の最大較差は1対5.09となり,平成16年7月11日施行の本件選挙当時における上記の最大較差は1対5.13となった。



憲法は,国会の両議院の議員を選挙する国民固有の権利につき,選挙人の資格における人種,信条,性別,社会的身分,門地,教育,財産又は収入による差別を禁止するにとどまらず,選挙権の内容の平等,換言すれば,議員の選出における各選挙人の投票の有する影響力の平等,すなわち投票価値の平等をも要求していると解するのが相当である。他方,憲法は,国会の両議院の議員の選挙について,議員は全国民を代表するものでなければならないという制約の下で,議員の定数,選挙区,投票の方法その他選挙に関する事項は法律で定めるべきものとしている(43条,47条)。また,憲法は,国会を衆議院参議院の両議院で構成するものとし(42条),各議院の権限及び議員の任期等に差異を設けているところ,その趣旨は,衆議院参議院とがそれぞれ特色のある機能を発揮することによって,国会を公正かつ効果的に国民を代表する機関たらしめようとするところにある。そうすると,憲法は,投票価値の平等を選挙制度の仕組みの決定における唯一,絶対の基準としているものではなく,どのような選挙制度が国民の利害や意見を公正かつ効果的に国政に反映させることになるのかの決定を国会の裁量にゆだねており,投票価値の平等は,参議院の独自性など,国会が正当に考慮することができる他の政策的目的ないし理由との関連において調和的に実現されるべきものとしていると解さなければならない。それゆえ,国会が具体的に定めたところがその裁量権の行使として合理性を是認し得るものである限り,それによって投票価値の平等が損なわれることになっても,憲法に違反するとはいえない。



4 前記2(1)において指摘した参議院議員選挙制度の仕組みは,憲法が二院制を採用した前記の趣旨から,参議院議員の選出方法を衆議院議員のそれとは異ならせることによって参議院の実質的内容ないし機能に独特の要素を持たせようとする意図の下に,参議院議員を全国選出議員ないし比例代表選出議員と地方選出議員ないし選挙区選出議員とに分け,後者については,都道府県が歴史的にも政治的,経済的,社会的にも独自の意義と実体を有し,政治的に一つのまとまりを有する単位としてとらえ得ることに照らし,都道府県を構成する住民の意思を集約的に反映させるという意義ないし機能を加味しようとしたものであると解することができる。また,上記の仕組みは,憲法46条が参議院議員については3年ごとにその半数を改選すべきものとしていることに応じて,各選挙区を通じその選出議員の半数が改選されることになるように配慮し,各選挙区に偶数により定数配分を行うこととしたものと解することができる。このような憲法の趣旨等に照らすと,公職選挙法が定めた参議院議員選挙制度の仕組みは,国民各自,各層の利害や意見を公正かつ効果的に国会に代表させるための方法として合理性を欠くものとはいえず,国会の有する立法裁量権の合理的な行使の範囲を逸脱するものであるということはできない。
このように,公職選挙法が採用した参議院議員についての選挙制度の仕組みが国会にゆだねられた裁量権の合理的行使として是認し得るものである以上,その結果として各選挙区に配分された議員定数とそれぞれの選挙区の選挙人数又は人口との比率に較差が生じ,そのために選挙区間における選挙人の投票価値の平等がそれだけ損なわれることとなったとしても,これをもって直ちに上記の議員定数の定めが憲法の定めに違反して選挙権の平等を侵害したものとすることはできない。そして,社会的,経済的変化の激しい時代にあって不断に生ずる人口の変動につき,それをどのような形で選挙制度の仕組みに反映させるかなどの問題は,複雑かつ高度に政策的な考慮と判断を要するものであって,その決定は,種々の社会情勢の変動に対応して適切な選挙制度の内容を決定する責務と権限を有する国会の裁量にゆだねられている。したがって,議員定数配分規定の制定又は改正の結果,上記のような選挙制度の仕組みの下において投票価値の平等の有すべき重要性に照らして到底看過することができないと認められる程度の投票価値の著しい不平等状態を生じさせたこと,あるいは,その後の人口の変動が上記のような不平等状態を生じさせ,かつ,それが相当期間継続しているにもかかわらずこれを是正する措置を講じないことが,複雑かつ高度に政策的な考慮と判断の上に立って行使されるべき国会の裁量的権限に係るものであることを考慮しても,その許される限界を超えると判断される場合に,初めて議員定数配分規定が憲法に違反するに至るものと解するのが相当である。



5 上記の見地に立って,以下,本件選挙当時の本件定数配分規定の合憲性について検討する。

(1)平成6年改正前の参議院議員定数配分規定の下で,最高裁平成6年(行ツ)第59号同8年9月11日大法廷判決・民集50巻8号2283頁は,平成4年7月26日施行の参議院議員選挙当時の最大較差1対6.59について,違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態が生じていた旨判示するに至った。平成6年改正は,上記のような選挙区間における較差を是正する目的で行われたものであり,その結果,前記のとおり,平成2年10月実施の国勢調査結果による人口に基づく選挙区間の議員1人当たりの人口の較差は,最大1対6.48から最大1対4.81に縮小した。その後,平成6年改正後の定数配分規定の下において平成7年7月23日に施行された参議院議員選挙当時における選挙人数を基準とする上記較差は,最大1対4.97であったところ,最高裁平成9年(行ツ)第104号同10年9月2日大法廷判決・民集52巻6号1373頁は,平成6年改正の結果においても残ることとなった較差及び上記選挙当時における選挙人数を基準とする較差については,いずれも違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態が生じていたとするには足りない旨判示し,最高裁平成11年(行ツ)第241号同12年9月6日大法廷判決・民集54巻7号1997頁は,平成10年7月12日施行の参議院議員選挙当時における選挙人数を基準とする最大較差1対4.98についても,これと同旨の判示をした。
本件改正による議員定数配分規定の改正は,前述のとおり,参議院議員の定数削減に伴って行われたものであり,従来の参議院議員選挙制度の仕組みを維持した上で,いわゆる逆転現象を解消し,選挙区間における議員1人当たりの選挙人数又は人口の較差の拡大を防止することを目的として,定数4人の選挙区の中で人口の少ない3選挙区の定数を2人ずつ削減したものである。その結果,いわゆる逆転現象は消滅したが,平成7年10月実施の国勢調査結果による人口に基づく選挙区間の議員1人当たりの人口の最大較差は1対4.79であって,本件改正前と変わらなかった。そして,平成13年7月29日に施行された前回選挙当時における選挙人数を基準とする最大較差は1対5.06であったが,最高裁平成15年(行ツ)第24号同16年1月14日大法廷判決・民集58巻1号56頁(以下「平成16年大法廷判決」という。)は,その結論において,前回選挙当時,本件定数配分規定は憲法に違反するに至っていたものとすることはできない旨判示した。
その後,参議院は,平成16年大法廷判決を受けて,平成16年2月6日,参議院議長が主宰する各会派代表者懇談会の下に,「参議院議員選挙の定数較差問題に関する協議会」を設置し,同協議会は5回にわたって協議を行ったが,同年5月28日,同年7月に施行される本件選挙までの間に定数較差を是正することは困難であり,本件選挙後に協議を再開すべきであるとの意見が大勢であった旨の報告書を参議院議長に提出し,同年6月1日,各会派代表者懇談会において,本件選挙後,次回選挙に向けて,定数較差問題について結論を得るように協議を再開する旨の申合せがされ,結局,本件定数配分規定は改正されないまま本件選挙が施行された。

(2)投票価値の平等の重要性を考慮すると,選挙区間における選挙人の投票価値の不平等の是正については,国会において不断の努力をすることが望まれる。もっとも,これをどのような形で実現するかについては,種々の政策的又は技術的な考慮要素が存在する。参議院議員選挙法制定当時,既に選挙区間における議員1人当たりの人口には最大1対2.62の較差が生じていた上,上告人ら自身の試案によっても,参議院(選挙区選出)議員の選挙について公職選挙法が採用した2人を最小限として偶数の定数配分を基本とする前記のような選挙制度の仕組みに従い,平成12年10月実施の国勢調査結果による人口に基づいていわゆる最大剰余方式により各選挙区の人口に比例した議員定数の再配分を試みた場合には,選挙区間における議員1人当たりの人口の最大較差は1対4.87となるというのであるから,前記のような選挙制度の仕組みの下では,選挙区間における議員1人当たりの選挙人数の較差の是正を図ることが容易でないことは明らかである。
ところで,平成16年大法廷判決は,本件改正によっても前記のような較差が残り,また,前回選挙当時において選挙区間における議員1人当たりの選挙人数の最大較差が1対5.06となっていたという状況の下で,結論として本件定数配分規定は違憲とはいえない旨の判断をしたところ,本件選挙当時において生じていた上記の最大較差は1対5.13であって,前回選挙当時のそれと大きく異なるものではなかった。そして,前記のとおり,平成16年大法廷判決の言渡しから本件選挙までの期間は約6か月にすぎず,選挙区間の選挙人の投票価値の不平等を是正する措置を講ずるための期間として必ずしも十分なものではなかったところ,その間,参議院では,平成16年大法廷判決の言渡しの直後である平成16年2月6日に各会派代表者懇談会の下に協議会を設けて定数較差の是正についての議論を行い,同懇談会において,同年6月1日,同年7月に施行される本件選挙までの間に是正を行うことは困難であることなどから,本件選挙後,次回選挙に向けて,定数較差問題について結論を得るように協議を再開する旨を申し合わせたというのである。さらに,これを受けて,本件選挙後,参議院議長は同年12月1日に参議院改革協議会の下に選挙制度に係る専門委員会を設け,同委員会において,平成17年2月から同年10月まで9回の会合が開かれ,各種の是正案が具体的に検討され,その中で有力な意見であったとされるいわゆる4増4減案に基づく公職選挙法の一部を改正する法律案が国会に提出され,平成18年6月1日に成立した(同月7日公布。平成18年法律第52号)。同改正の結果,平成17年10月実施の国勢調査結果の速報値による人口に基づく選挙区間における議員1人当たりの人口の最大較差が1対4.84に縮小することは当裁判所に顕著である。これらの事情を考慮すると,本件選挙までの間に本件定数配分規定を改正しなかったことが国会の裁量権の限界を超えたものと断ずることはできず,したがって,本件選挙当時において,本件定数配分規定が憲法に違反するに至っていたものとすることはできない。



6 なお,上記の公職選挙法改正は,上記の専門委員会において,平成16年大法廷判決の多数意見の中に従来とは異なる厳しい姿勢が示されているという認識の下に,これを重く受け止めて検討された案に基づくものであることがうかがわれるところ,そのような経緯で行われた上記の改正は評価すべきものであるが,投票価値の平等の重要性を考慮すると,今後も,国会においては,人口の偏在傾向が続く中で,これまでの制度の枠組みの見直しをも含め,選挙区間における選挙人の投票価値の較差をより縮小するための検討を継続することが,憲法の趣旨にそうものというべきである。



7 以上のとおりであるから,本件定数配分規定が本件選挙当時憲法に違反するに至っていたということはできないとした原審の判断は,是認することができる。論旨は採用することができない。
よって,裁判官横尾和子,同滝井繁男,同泉徳治,同才口千晴,同中川了滋の反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官藤田宙靖,同甲斐中辰夫,同津野修,同今井功,同那須弘平の補足意見がある。



裁判官藤田宙靖の補足意見は,次のとおりである。
私は,多数意見に賛成するものであるが,先に平成16年大法廷判決の補足意見2において述べたところを踏まえ,以下,若干の補足をしておくこととしたい。



立法府は,両院の定数配分を含む選挙制度の在り方について法律によって定めるに当たり,多くの考慮要素(政策的要請)を踏まえ,適正な裁量を行う義務を負っており,この義務に反して,例えば,様々の要素を考慮に入れ時宜に適した判断をしなければならないのに,慢性的に旧弊に従った判断を維持し続けるとか,当然考慮に入れるべき事項を考慮に入れず,又は考慮すべきでない事項を考慮し,あるいはさほど重要視すべきではない事項に過大の比重を置いた判断をしているような場合には,憲法によって課せられた裁量権の行使義務を適切に果たさないものとして,憲法違反の司法判断を受けてもやむを得ないものというべきである。参議院選挙区選出議員の選挙における定数配分の在り方に関していうならば,従来の我が国の立法においては,憲法により保障された基本的人権の一つである投票価値の平等についての配慮が必ずしも充分であったとはいえず,また,これを是正するためにその間行われた諸改正においても,この問題につき立法府自らが基本的にどう考え,将来に向けてどのような構想を抱くのかについて,明確にされることのないままに,単に目先の必要に応じた小幅な修正が施されて来たにとどまるという憾みを否定することができないのであって,このような状態が漫然と維持されるならば,そのような状況下で行われた選挙については,議員定数配分規定が違憲であるとの判断がされる可能性は充分にある。以上は,平成16年大法廷判決における補足意見2において述べたとおりである。



2 このような見地に立って,本件で問題とされている議員定数配分規定の合憲性についてみるならば,問われるべきは,平成16年大法廷判決以後本件選挙までの間に,立法府が,定数配分をめぐる立法裁量に際し,諸考慮要素の中でも重きを与えられるべき投票価値の平等を十分に尊重した上で,それが損なわれる程度を可能な限り小さくするよう,問題の根本的解決を目指した作業の中でのぎりぎりの判断をすべく,真摯な努力をしたものと認められるか否かであるといわなければならない。



3 ところで,上記の意味で真摯な努力がなされたといえるのかどうか,換言すれば,立法府の決意がどのようなものであったのかについては,これを判断するための資料が必ずしも十分に存在するとはいい難い。平成16年大法廷判決を受けて本件選挙までの間に参議院において行われた改革に向けての動きとして,公にされているのは,「参議院議員選挙の定数較差問題に関する協議会」の設置と同協議会における5回にわたる協議である。この協議においては,本件選挙までの間に,具体的な改革案を示すことはできなかったものの,選挙後の新たな構成の下で,制度の根本的な改革の可能性をも含めて改めて検討する方針を明らかにしているところ,この協議会が参議院としての意思形成の上でどのような意義付け・重みを持つものなのかということについては必ずしも明らかではないことに加え,このように重要な問題につき全部で5回の会議しか開かれていないことについては委員の中でも批判があることがうかがえること等々に照らして見るならば,これをもって直ちに,国会が当時,問題についての上記2に見たような真摯な取り組みをしていたものと評価できるか否かについては,なお分明でないところがある。そうすると,当時の国会の思惑が実のところどこにあったのかということは,その後の経緯等をも含めて,事態を総合的に把握するところから推し量ることしかできないものといわざるを得ない。
その後の経緯として,公にされている情報は,(1)平成16年12月1日の第1回参議院改革協議会における専門委員会の設置,そして,その9回にわたる協議の末に出された平成17年10月21日の「参議院改革協議会専門委員会(選挙制度)報告書」,並びに(2)自民・公明両党による「4増4減」案の第164回国会への提出及び両院におけるその可決である。(1)によれば,参議院において,合区案等をも含め,広範な見地からの検討が正面から行われていることがうかがわれ,これは,先の協議会のいう検討先送り措置が必ずしも口先だけのものではなかったことを推認させるものであるということができよう。また,平成19年選挙に向けての当面の是正策として4増4減案が提出され可決されたという(2)の事実も,あくまでもそれが「当面の」是正策として位置付けられている限りにおいては(つまり,今後の更なる改善の余地が意識的に留保されており,また改善への意欲が充分に認められる限りにおいては),現段階において許される一つの立法的選択であると評価することもできないではなく,問題の根本的解決に向けて,立法府が真摯な努力を続けつつあることの,一つの証であると見ることも,あるいは不可能ではないであろう。
しかし,いうまでもなく,今回のいわゆる「4増4減」の提案及び同案の可決をもって改革に向けてのすべての作業は終わり,ということになり,しかもそれが,最大較差5倍を超えないための最小限の改革にとどめる,という意図によるものであるとするならば,問題の重要性,そしてその解決に向けての国民に対する責任につき,参議院ないし国会がどの程度真摯に考えているのかについては,改めて重大な疑いが抱かれることになろう。多数意見がその末尾に述べていることも,このような文脈において理解されるべきものと考える。



裁判官甲斐中辰夫の補足意見は,次のとおりである。
私の考えは,基本的に平成16年大法廷判決の補足意見2において述べたとおりであるが,本件選挙当時に本件定数配分規定が違憲と判断することになお消極的な立場に立ち,多数意見に賛成する理由を述べることとしたい。
国会が,法律によって両議院の選挙に関する事項を定めるについて裁量権を有するものであり,とりわけ参議院議員選挙制度の仕組みについては,憲法が定める半数改選及び二院制から来る当然の制約として,選挙人の投票価値の平等を厳格に貫くことが困難であることは認めざるを得ないものと考える。しかしながら,投票価値の平等は憲法上直接に保障されているものであるから,国会の裁量権の適正な行使がされたか否かを判断するに当たり,例えば,地域代表的要素として都道府県を唯一の単位として選挙区を定めることがより重要な要素であるとして,これを維持するため投票価値の平等を無原則に後退させることを看過することはできない。
昭和22年に制定された参議院議員選挙法は,全体を投票価値が平等である全国選出議員と都道府県を単位とし地域代表的性格を有する地方選出議員とに分け,その地方選出議員の定数配分は,各選挙区ごとに半数改選をするために偶数配分とした上で,いわゆる最大剰余方式により人口基準による最大較差は1対2.62にとどめ,投票価値の平等についても尊重しようとしていたものであり,立法府による合理的な裁量権の行使がされたものと評価することができる。しかしながら,その後人口の都市集中傾向は一貫して継続し,その結果投票価値の不平等は拡大し,制度当初はそれなりにバランスがとれていた都道府県単位の選挙区の議員1人当たりの人口は,二極分化して大きくバランスを失なうに至っている。昭和22年に定められた参議院議員選挙制度の仕組みは,抜本的な見直しをすべき時期に来ているといわざるを得ない。したがって,私は,本件選挙当時はもとよりその以前から,立法当初の選挙区間における議員1人当たりの選挙人数の較差から余りにもかけ離れた較差を生じている現行の定数配分規定は,到底看過することができないと認められる程度の投票価値の著しい不平等状態を生じさせているものと考える。
しかしながら,定数配分規定が上記のような著しい不平等状態を生じさせているとしても,その判断と是正には困難を伴うものであるから,それが憲法に違反するというには,そのような状態が相当期間継続しているにもかかわらずこれを是正する何らの措置も講じないことが,国会の裁量の限界を超えると判断される必要がある。その際,これまで平成12年9月6日大法廷判決を始めとする最高裁判決が,一貫して,本件選挙当時と同程度の議員1人当たりの選挙人数の最大較差につき,いずれも違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態が生じていたとするに足りない旨判示してきたところ,平成16年大法廷判決において初めて現行の定数配分規定について違憲とする考え方又は合憲とすることに疑問を提起する考え方が多数を占めるに至ったことを軽視することはできない。
国会としては,憲法判断については,最高裁の判断を尊重してきたものであるところ,国会が平成16年大法廷判決の内容を知り,定数配分規定の改正をするとしても,本件選挙までに約6か月の期間しかなく,是正措置を講ずるには十分ではなく,これに国民に対する相当な周知期間を要することなどを併せ考慮すると,国会が,本件選挙までに定数配分規定の改正は困難であるとして行わず,本件選挙後に次回選挙に向けてこれを行うとしたことが,国会の裁量権の限界を超えたものと断ずることはできない。したがって,私は,本件選挙当時において,本件定数配分規定が憲法に違反するに至っていたものとすることはできないと考える。



裁判官津野修の補足意見は,次のとおりである。

私は,多数意見に賛成するものであるが,若干の補足をしておきたい。

参議院議員選挙は,議員定数の6割を占める選挙区選出議員の選挙(以下「選挙区選挙」という。)とその4割を占める比例代表選出議員の選挙(以下「比例代表選挙」という。)の2つの選挙を組み合わせた選挙制度として構成されている。選挙人は,選挙区選挙のみならず,比例代表選挙においても投票権を行使することができる。そして,全都道府県の区域を通じて行われる比例代表選挙においては,各選挙人の投票価値に差異がない。そうすると,選挙区選挙において生じている選挙区間における選挙人の投票価値の不平等の問題を考えるに際しては,比例代表選挙における投票の存在も合わせて考慮して,選挙を全体として把握した上で各選挙人の有する投票の議員選出に対する影響力について判断することが必要であると考えられる。

2 多数意見は,参議院議員選挙において比例代表選挙が併存していること,比例代表選挙において各選挙人の投票価値に差異がないことを指摘しているが,更に進んで,比例代表選挙の存在が選挙区選挙において生じている選挙区間における選挙人の投票価値の不平等を緩和しているという側面のあることにつき明示的には触れていない。しかし,多数意見がこのことを自明の前提としているものと解されることは,参議院選挙区選出議員の選挙無効が争われた当審の先例(平成8年9月11日大法廷判決)の多数意見において,選挙区間における投票価値の不平等の程度を吟味するに際し「参議院議員のうち比例代表選出議員の選挙については各選挙人の投票価値に何らの差異もないこと」が考慮要素とされていることからも,うかがうことができる。

参議院議員選挙の1票の投票価値を論じるときは,選挙区選挙だけではなく比例代表選挙の部分をも取り込んで一体として検討する必要があるとする那須裁判官の補足意見は,以上の点を明確にした上で,較差を論じる場合の基本となる数値について,このことを織り込んで具体的に算出し,比較したものであり,この問題を考えるに際し,貴重な示唆を与えるものとして評価することができる。

4 ところで,選挙区選挙と比例代表選挙とを合わせて検討した場合における本件選挙当時の選挙区間の投票価値の較差については,同裁判官の意見中において最大2.89倍とされている。1票の実質的価値の平等という憲法の要請との関係では,このようにして算出された較差が,なお2倍を超える状態となっている場合に,本件議員定数配分規定が憲法に違反することになるのではないかが問題となり得よう。
しかしながら,選挙区選挙の制度については,参議院議員定数を衆議院のそれのほぼ半数にするという従来からの考え方を維持しつつ,都道府県を単位としてその住民の意思を集約的に反映させるという意義を認めて都道府県単位の選挙区を設けた上,憲法が定めている半数改選制を実現するため各選挙区に偶数により定数配分を行うという前提の下で構築されたものであるところ,選出議員が議員定数の6割を占める選挙区選挙と残余の選出議員について投票者の意思がほぼそれに比例して反映される比例代表選挙とで構成される現行の参議院議員選挙制度は,二院制における参議院の独自性をもたらすものとして合理性を有するものというべきであって,このような選挙制度の下においては,定数配分について人口比例の配分の原則に厳密に従うことは実際上困難であるといわざるを得ない。これら多数意見で述べた諸事情を考慮すると,上記の投票価値の最大較差が2.89倍となっている点については,直ちに憲法14条1項等に違反するとまではいえない範囲内にとどまっており,いまだ国会の裁量権の限界を超えているものとは考えられない。

5 以上のとおりであるから,私としても,那須裁判官の補足意見に基本的な点において賛成であることを表明する。



裁判官今井功の補足意見は,次のとおりである。

私は,本件定数配分規定が違憲とはいえないとする多数意見に同調するものであるが,この際,私の意見を補足して述べておきたい。



参議院議員のいわゆる定数訴訟に関する従来の最高裁判例の法理は,投票価値の平等は憲法14条に基づく憲法上の要請であることを認めると同時に,選挙制度の仕組みについては,憲法43条,47条に基づき国会の定めるところによるとして,国会の裁量を認めている。そして,投票価値の平等と選挙制度の仕組みについての国会の裁量との関係については,双方の調和的実現という表現を用いて,双方の関係に優劣がない,あるいは国会の裁量により優位が認められるかのように理解されている向きがないではない。しかし,国会の裁量は,投票価値の平等を実現するという枠内で行使されるべきものであって,国会の裁量といっても,投票価値の平等という憲法の要請を無視することは許されないと解すべきである。このことは,当然のことではあるが,改めて強調しておきたい。



2 現行の参議院選挙区選出議員選挙の選挙制度は,選挙区を都道府県単位とし,かつ,1選挙区の定数を偶数配分するという制度を採用している。
定数の偶数配分制は,憲法の定めである半数改選(憲法46条)の趣旨から,各選挙区の選挙民が毎回の選挙ごとに代表者である議員を選出することを保障したものであって,憲法の定めに由来するものということができるが,憲法の直接の要請ではない。また,都道府県単位の選挙区という仕組みは,都道府県の果たしてきた,歴史的,経済的,政治的,社会的な一つのまとまりという点から見てそれなりの合理性があることを肯定することができるが,これもまた,憲法上の要請ではない。このように,偶数配分制,都道府県単位の選挙区という選挙制度の仕組みは,それ自体としては,国会の裁量として許容されるものということができる。しかし,偶数配分制,都道府県単位の選挙区という仕組みは,いずれも憲法の直接の要請ではないから,憲法の直接の要請である投票価値の平等には,一歩道を譲らざるを得ず,この仕組みに従った定数配分が投票価値の平等を著しく損なうことになる場合には,違憲となることがあり得るといわなければならない。
したがって,偶数配分制,都道府県単位の選挙区という前提に立った場合には,その前提の下で,投票価値の平等にできる限り配慮しなければならないのは当然のことである。また,これを維持することによって必然的に投票価値の平等が大きく損なわれることになれば,違憲ということにならざるを得ず,抜本的な改正が要請されることになると考える。



参議院発足以来の選挙区(以前は地方区)の定数配分を見ると,昭和22年の発足当初は,150人の定数を各選挙区に最低2人配分し,残余の定数は人口に比例して配分したものであるが,選挙区間の較差はそれほど大きいものではなく,較差2を超える選挙区が12あったものの,最大較差は1対2.62であった。このような状況の下においては,都道府県単位の選挙区及び偶数配分制は,それなりに合理性があり,投票価値の平等の面から問題とされることはなかった。また,参議院は,第二院であり,議員定数は第一院である衆議院より少ないものとならざるを得ず,また半数改選であるため,1回の選挙で選出される議員の数も少なくなる関係上,衆議院とは異なり,選挙区ごとの議員1人当たりの人口ないし選挙人数の較差がある程度生ずることもやむを得ないものとして是認された。
その後,人口の都市集中が進み,これに伴って選挙区間の較差は増大し,平成4年7月の選挙においては,選挙人数の最大較差は1対6.59にまで拡大し,これについて平成8年9月11日の大法廷判決は違憲状態にあるとした。平成6年には,いわゆる8増8減の改正が行われて較差は減少し,さらに,平成12年の改正では,選挙区定数6の減員に伴い3選挙区の定数が2ずつ減員され,較差はわずかながら減少したが,最大較差は5倍に近く,本件選挙当時の選挙人数の最大較差は1対5.13にまで拡大した。



4 偶数配分制,都道府県単位の選挙区という前提を採ったとしても,その枠内で投票価値の平等を徹底するための方策が採られなければならない。上告人らが主張し,参議院議員選挙法で採用された最大剰余法は,機械的な処理ができ,政治的な思惑が介入する余地がないという点で,その一つの解決策である。この方法を採れば,較差は全体としては若干縮まるが,しかし,この方法を採っても最大較差はほとんど縮まらないし,かえって較差が拡大する選挙区もある。
また,偶数配分制,都道府県単位の選挙区という仕組みを採用する限り,いかに工夫しても較差の是正には限界のあることは明らかである。昭和22年の参議院議員選挙法施行当時においては,総人口を議員定数で割った人数である基準人数は,48万7427人であるところ,当時の人口最小県である鳥取県の人口は,55万7429人で,基準人数の1.14倍にすぎないのに2人の定数が配分された。それでも,この時点では,鳥取県は辛うじて基準人数を超える人口を維持していた。その後の人口の変動に伴い,総じて,人口の多い大都会又はその周辺地を含む都道府県の人口が増大するのに比して,人口の少ない県の人口は停滞した。本件選挙当時においてこれを見ると,総選挙人数を議員定数で割った基準人数は70万2106人であったところ,選挙人数が最も少ない鳥取県は,選挙人数が49万2436人で基準人数の0.70倍にすぎないのに,2人の定数を配分されており,基準人数に応じた定数が配分された都道府県に比較して2.86倍の定数を配分されていることになる(計算式は,1÷0.70×2=2.86)。このように選挙人数が基準人数に満たない県は,本件選挙当時,鳥取県のほか,島根,福井,高知,徳島,佐賀と5県ある。これらの県においては,基準人数に応じた定数が配分された都道府県に比較しても,2倍以上の定数が配分されていたことになる。この数字を見るだけでも,これらの人口ないし選挙人数の少ない県の選挙区に2人の定数を配分する限り,いかに努力してもかなりの程度の較差が生ずることは避けられないことは明らかである。
そして,人口の大都市集中の傾向はとどまることなく,1対5.13という現在の較差は,投票価値の平等という見地から,国会の裁量として許容される限界に至っているといわざるを得ない。そうすると,偶数配分制,都道府県単位の選挙区という現行制度の仕組みは,早晩見直しが求められていると考えるものである。



5 ところで,平成16年大法廷判決は,平成13年7月施行の選挙当時1対5.06の最大較差につき合憲との判断を示したが,この判決には,違憲とする6人の裁判官の反対意見があり,合憲とする裁判官の中でも,このまま放置すれば違憲となることがあり得るとの補足意見を付した裁判官があるように,本件定数配分規定には投票価値の平等の見地から問題があり得るとの趣旨が含意されていたということができる。本件選挙においては,本件定数配分規定は改正されることなく実施され,最大較差は前回選挙当時よりも若干ではあるが拡大しており,投票価値の平等という観点から許容される限界に至っているといわざるを得ず,違憲との判断をする余地も十分あると考える。
しかし,多数意見の判示するように,前回の大法廷判決を受けて,国会において,較差是正のための検討が進められ,時間的な制約もあって,本件選挙は従前の定数配分規定のまま実施されたが,その後引き続いて行われた検討の結果,現行制度の仕組みを維持するとの前提の下ではあるが,改正が行われ,わずかではあるが較差の是正が実現し,今後更に抜本的な検討が進められることとされたというのである。私は,このような前回の平成16年大法廷判決以降における較差是正のための国会の取組みの状況を考慮すると,現時点において,直ちに,違憲との判断をすることには躊躇を覚えざるを得ないのであって,国会の較差是正のための更なる努力に期待することとして,多数意見に同調するものである。

その2へつづく