「社会学の基礎概念」第一節I. 2

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 有意味な行為っていうのが一方にあって、もう一方には、そういう行為者が主観的に思った意味が込められてない単なる(単なるとかいったら怒られるかな?まあいいや)反射的な行動というのがあるんだけど、この二つの境目っていうのはかなり曖昧なんだよね。社会学が扱う行動で重要なのって、まさにこの境目にあるやつが結構あるんだ。その最たるものが、純粋な伝統的行為なんだけど、これはまたあとで。えーと、精神物理学が扱っているような現象には有意味な行為、ってことは理解できる行為ってことだけど、そういうのがあんまりない。もしあっても専門家でないとわからないとか。神秘体験とかあるけど、言葉で伝えることができないでしょ。だからそういうのは実際体験した人じゃないと全然理解できないんだ。もちろんだからといって、自分でも同じ行為をしてみない限り理解もできない、なんてことはない。「カエサルを理解するのにカエサルである必要はない」とかいうよね。まあ完全な「追体験可能性」っていうのは、理解が明証であるためには重要な条件なんだけど、別にそれが意味解釈の絶対条件だなんてことにはならないのでございます。えー、いま「明証」とか変な言葉使ったけど、これは次の項で説明するよ。ともかく、どこまでが理解可能でどこからが不可能かみたいなことは、結構ごちゃごちゃになっててうまく分けられないことが多いんだ。