憲法:在外国民の選挙権 司法書士試験過去問解説(平成21年度・憲法・第2問)
平成21年度司法書士試験(憲法)より。判例の趣旨との合不合を問うもの。設問の全体は、憲法:公務員の選挙。
公職選挙法42条は
- 第42条 選挙人名簿又は在外選挙人名簿に登録されていない者は、投票をすることができない。(略)
としていますが、「又は在外選挙人名簿」の部分は、1998年の改正で付け加わったものです。選挙人名簿は市町村がつくったり保管したりするもの(19条2項)で、この名簿に登録されるためには、その市町村に3ヶ月以上住んでいないといけません(21条1項)。
さて、外国に住んでいる日本国民は、当然、日本国内の市町村には住んでいませんから、選挙人名簿に登録されません。つまり、1998年の公職選挙法改正以前には、在外の日本国民は選挙人名簿に登録されていないため、「投票をすることができない」人たちでした。
1998年の改正によって、上記の「又は在外選挙人名簿」が追加され、それに応じて、在外選挙人名簿について公職選挙法に4章の2(30条の2から30条の16)が追加されました。これで、在外日本国民も、選挙に参加することができるようになったわけですが、このときの改正には、附則8項というのがついていて、「当分の間」在外国民が投票できるのは衆参いずれも比例代表制だけで、選挙区制の方はだめということになっていました。
そこで、それまで在外選挙が認められていなかった点や、比例代表だけに限られてしまっている点について、憲法違反ではないかということになりました。この訴訟についての最高裁の判断が、在外国民選挙権事件の判例です。
憲法の条文としては、15条1項と3項、43条、44条但書です。
- 第15条 公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。
- 3 公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障する。
- 第43条 両議院は、全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する。
- 第44条 両議院の議員及びその選挙人の資格は、法律でこれを定める。但し、人種、信条、性別、社会的身分、門地、教育、財産又は収入によつて差別してはならない。
さて判例は、上記の憲法の規定の趣旨から、
国民の選挙権又はその行使を制限することは原則として許されず,国民の選挙権又はその行使を制限するためには,そのような制限をすることがやむを得ないと認められる事由がなければならないというべきである。
と述べます。そこで、どういうときに制限が「やむを得ない」のかということが問題になりますが、最高裁は次のように続けます。
そのような制限をすることなしには選挙の公正を確保しつつ選挙権の行使を認めることが事実上不能ないし著しく困難であると認められる場合でない限り,上記のやむを得ない事由があるとはいえず
「事実上不能ないし著しく困難」であることが「やむを得ない」といえるための条件だというわけです。そして、1998年の改正前後の公職選挙法は、この意味で「やむを得ない」とはいえず、違憲だと判断しています。
さて、選択肢の正誤ですが、最高裁の判断は「違憲である」で、選択肢は「違憲とはいえない」と書いているので、つい選択肢は間違いだと言いたくなりますが、よくみると、
と書いてあります。最高裁の判決は、在外国民の選挙権への制限の撤廃が「事実上不能又は著しく困難であると認められ」なかったから違憲だという判断になっているのであって、認められる場合には違憲とはいえないという趣旨だといえます。
なので、この選択肢イは、判例の趣旨として正しいということになります。まあ、常識的に考えても、「事実上不能」だったり「著しく困難」なのにやらないと違憲だというのは無茶な話ですよね。
選挙権を行使するには選挙人名簿に登録されていなければならないが、登録は市町村の住民基本台帳の記録を基礎に行われるから、外国に長期滞在する者は登録されず、選挙権を行使しえなかった。これが問題になり、1998年に公選法の改正を行い、新たに在外選挙人名簿を調製しこれに登録された者には選挙権の行使を認めることにした。しかし、対象となる選挙を、当分の間は衆議院および参議院の比例代表選挙に限ることとしたために、衆議院小選挙区選挙と参議院選挙区選挙においては選挙権を行使できない状態が続くことになった。そこで在外日本国民が、(1)これらの選挙において選挙権を行使する権利を有することの確認と、(2)1996年(前記法改正以前)に行われた衆議院議員選挙において投票しえなかったことにつき、立法不作為による国家賠償を請求した。最高裁は、(1)につき、選挙権行使の制限が許されるためには「やむを得ないと認められる事由」が必要であるが、本件においてはそのような事由は存在せず、したがって改正法が対象となる選挙を限定している部分は憲法15条1項等に反すると判断し、次回の選挙において「在外選挙人名簿に登録されていることに基づいて投票することができる地位」にあることを確認した。また、(2)については、「権利行使の機会を確保するために所要の立法措置を執ることが必要不可欠であり、それが明白であるにもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠る場合」には国賠法上違法の評価を受けるものであるが、本件はそれに該当すると判示した(略)。
1998(平成10)年の公選法改正により、在外選挙制度が創設され、市町村の選挙管理委員会が、新たに在外選挙人名簿を作成し、従来、住民登録を抹消して外国に出かけ、選挙権を行使することができなかった在外国民について、在外公館での選挙への参加の道が聞かれた。その際、在外選挙の対象となるのは、衆参両院議員の選挙であるが、当分の間、比例代表選出議員の選挙に限るものとされた(公選法附則8項)。
この在外選挙制度につき、制度創設前の1996年の衆院選(本件選挙)に投票できなかった在外国民が、(1)選挙権行使の機会を奪っていた当時の公選法規定が違憲であることの確認、(2)衆議院小選挙区選出議員および参議院選挙区選出議員の選挙において選挙権を行使する権利を有することの確認、(3)立法不作為により本件選挙に投票できなかったことの損害賠償等を求めて出訴した事件において、2005年9月14日の最高裁は、憲法は、国民主権の原理に基づき、両院の議員の選挙に投票することで国政に参加ができる権利を国民固有の権利として保障しており、その趣旨を確たるものとするため、国民に投票の機会を平等に保障していると解するのが相当だとしたうえで、上記請求(1)と(2)をほぼ認容する次のような判決を下した(略)。
国民の選挙権またはその行使を制限することは原則として許されず、制限するためにはやむを得ないと認められる事由がなければならない。すなわち、そうした制限なしには選挙の公正を確保しつつ選挙権の行使を認めることが事実上不能ないし著しく困難であると認められる場合でない限り、やむを得ない事由があるとはいえず、このような事由なしに選挙権の行使を制限することは憲法15条1項、3項、43条1項、44条但書に違反する。これは国が選挙権の行使を可能にする措置を執らない不作為によって国民が選挙権を行使できない場合も同様である。在外国民も憲法で選挙権を保障されていることに変わりはなく、国が選挙の公正を確保しつつ選挙権の行使を認めることが事実上不能ないし著しく困難であると認められる場合に限り、やむを得ない事由があるというべきである。
そこで、まず、本件選挙当時の公選法についてみると、既に1984年の時点で内閣が在外選挙制度の創設を内容とする改正案を提出し、その廃案後、国会が10年余の長きにわたってこれを放置し、在外国民の投票を認めなかったことはやむを得ない事由があったとはいえず、違憲である。そして、1998年の制度創設時において、在外国民に候補者個人に関する情報を適正に伝達するのが困難であるという状況認識のもとで、附則8項により上記制限が設けられたのは全く理由がないとはいえないとしても、改正後に在外選挙が繰り返し実施されていることや通信手段が地球規模で目覚ましい発達を遂げていることなどにより、在外国民に候補者の情報を伝達することが著しく困難とはいえず、また、2000年の公選法改正で参院比例代表選挙が非拘束式となり、名簿登載者の氏名を自書することが原則とされ、在外国民もこの制度で選挙権を行使していることなども併せ考えると、遅くとも、本判決後に初めて行われる衆院選または参院選の時点においては、附則8項の限定はやむを得ない事由があるということはできず、違憲である。したがって、引き続き在外国民である原告らは、次回の衆院選挙における小選挙区選出議員の選挙および参院選における選挙区選出議員の選挙において、在外選挙人名簿に登録されていることに基づいて投票することができる地位にある(略)。
選挙権が(一定年齢以上の)国民の権利であるとしても、その権利をどの場所で行使するか、という問題がある。公職選挙法では、選挙権行使のためには選挙人名簿に登録されていることが必要であり、その登録は市町村の選挙管理委員会が、当該市町村に住所を有する満20歳以上の日本国民について行うことと定められる(公職選挙法19条以下)。このため、「国外に居住していて圏内の市町村の区域内に住所を有していない日本国民」(以下、在外国民)は、選挙資格があるにもかかわらず現実に選挙区に居住していないことから権利行使が制約されている。主権者国民としての権利の実現という観点からすれば在外国民にも投票権行使の機会を保障することが要請されるため、1998(平成10)年の公職選挙法改正により、衆議院・参議院議員選挙比例代表選挙において在外選挙人名簿に記載されている有権者の在外投票が認められた(同49条の2)。しかし衆議院小選挙区・参議院選挙区選出議員選挙については認められなかったことに対して訴訟が提起された。2005年9月14日の最高裁大法廷判決(略)は、原審東京高裁判決を破棄して公職選挙法を違憲と判断し、次回の衆議院小選挙区と参議院選挙区選挙で選挙権を行使できるとして地位の確認をしたうえで、1996年の総選挙で選挙権を行使できなかったことにつき1人あたり5000円の慰謝料を支払うよう命じて注目された(略)。
この2005年最高裁大法廷判決(14人中12人の裁判官の多数意見)は、以下のように判断した。
(i)1996年に施行された衆議院議員の総選挙当時、公職選挙法(平成10年法律47号による改正前のもの)が、上記の在外国民が国政選挙において投票するのを全く認めていなかったことは、憲法15条1項、3項、43条1項、44条ただし書に違反する。(ii)公職選挙法附則8項の規定のうち、上記在外国民の選挙権行使を認める制度の対象となる選挙を「当分の間両議院の比例代表選出議員の選挙に限定」する部分は、遅くとも、本判決言渡し後に初めて行われる衆議院議員の総選挙または参議院議員の通常選挙の時点においては、憲法15条1項、3項、43条1項、44条ただし書に違反する。(iii)在外国民が、次回の衆議院小選挙区選出議員選挙および参議院選挙区選出議員の選挙において、在外選挙人名簿に登録されていることに基づいて投票をすることができる地位にあることの確認を求める訴えは、適法である。(iv)在外国民は、次回の衆議院小選挙区選出議員選挙および参議院選挙区選出議員選挙において、在外選挙人名簿に登録されていることに基づいて投票できる地位にある。(v)国会議員の立法行為または立法不作為は、その立法の内容または立法不作為が国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることが明白な場合や、国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために所要の立法措置を執ることが必要不可欠であり、それが明白であるにもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠る場合などには、例外的に、国家賠償法1条1項の適用上、違法の評価を受ける。(v)在外国民に選挙権行使の機会を確保するためには、(在外投票制などの)立法措置を執ることが必要不可欠であったにもかかわらず、1996年の衆議院議員総選挙の施行に至るまで「10年以上の長きにわたって国会が上記投票を可能にするための立法措置を執らなかったことは、国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受ける」ものであり、国は、精神的苦痛を被った上記国民に対し、慰謝料各5000円の支払義務を負う(上記(3)を除く論点について補足意見と反対意見がある)。
在外邦人選挙権に関する最大判(略)は,選挙権またはその行使の制限に関する立法裁量に関して,「自ら選挙の公正を害する行為をした者等の選挙権について一定の制限をすることは別として,国民の選挙権又はその行使を制限することは原則として許されず,国民の選挙権又はその行使を制限するためには,そのような制限をすることがやむを得ないと認められる事由がなければならない」とした上で,「そのような制限をすることなしには選挙の公正を確保しつつ選挙権の行使を認めることが事実上不能ないし著しく困難であると認められる場合でない限り」,「やむを得ない事由があるとはいえず」,こうした事由なしに選挙権の行使を制限することは,憲法15条1及び3項,43条1項並びに44条但し書きに違反するとした。そして,在外の国民の国政選挙への参加を両議院の比例代表選出議員の選挙に限定する立法措置にはこうしたやむを得ない事由があると認めることができないため,おそくとも本判決言い渡し後に初めて行われる衆議院議員総選挙または参議院議員通常選挙の時点においては,この制限は違憲となるとした。
長谷部恭男 『憲法 第4版』 333頁
在外日本人選挙権事件において,最高裁は,(1)立法の作為不作為の職務義務違反つまり行為の違法性と,(2)立法内容つまり立法の産物の違憲性を区別した上で,(1)または(2)について,(a)憲法上の権利を違法に侵害することが明白であるか,または(b)権利保障のために立法措置をとることが不可欠でそれが明白であり,かつ正当な理由なく長期にわたってそれを怠る場合に,立法行為または立法不作為は国家賠償法1条1項の適用上「違法」と評価されるとした。(442頁)
2004年の改正行政事件訴訟法の下で,在外日本人に選挙権を認めない立法不作為につき,最高裁は,立法不作為の状態が継続すると投票ができず,選挙権を行使する権利を侵害されるので,行政事件訴訟法4条の規定する公法上の当事者訴訟のうち公法上の法律関係に関する確認の訴えによって救済を求めることができるとした。(634頁)
在外日本人に選挙権を付与しなかった立法不作為が争われた事案において,最高裁は,立法不作為のみならず,立法行為が国家賠償法上違法と評価される一般的な基準を示し,損害賠償請求を認めた。(635頁)
この判例[=在宅投票制度廃止事件判例]を基礎として,違法性の判断は,「立法の内容又は立法不作為が国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることが明白な場合や,国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために所要の立法措置を執ることが必要不可欠であり,それが明白であるにもかかわらず,国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠る場合などには,例外的に,国会議員の立法行為又は立法不作為は,国家賠償法1条1項の規定の適用上,違法の評価を受けるものというべきである」とし,実質的に要件を緩和している。この判決は,故意または過失という主観的要件の充足には言及せずに請求を認容していることからして,違法性が認定されれば,自動的に過失の認定がなされたものとなるという立場をとったものと解される。(639頁)
在外日本人が選挙権を行使する権利を有することの確認請求を行政事件訴訟法4条でいう公法上の法律関係に関する確認の訴えにおいて,「次回の衆議院議員の総選挙における小選挙区選出議員の選挙及び参議院議員の通常選挙における選挙区選出議員の選挙において,在外選挙人名簿に登録されていることに基づいて投票をすることができる地位にあることの確認を請求する趣旨のものとして適法な訴え」と構成して,当該選挙ができない旨を定める公職選挙法附則を憲法15条1項および3項, 43条1項ならびに44条但書に違反し無効としている。(640頁)
在外日本人選挙権事件に関して(略) この判決は,立法不作為の状態が継続すると投票ができず,選挙権を行使する権利が侵害されるので,行政事件訴訟法4条の規定する公法上の当事者訴訟のうち公法上の法律関係に関する確認の訴えによって救済を求めることができるとしたが, これは公法上の当事者訴訟が憲法訴訟でどのような解釈によって認められるべきかを示したものである。(648頁)
在外日本人選挙権事件でも,最高裁は,外国における投票に関する社会状況の客観的変化を根拠に違憲を結論付けている。(653-654頁)
法令の違憲確認はありうるか。(略)在外日本人選挙権訴訟では,行政事件訴訟法4条の公法上の当事者訴訟として原告の選挙権の確認がなされたが,それを法令に対しでも認められないか, という問題である。権利の確認とその権利を認めない法令の違憲確認とは表裏の関係にあるから,法令の違憲確認はすでに行われているといっても良い状況にある。(662-663頁)
渋谷秀樹 『憲法』
本判決は,国民の選挙権またはその行使を制限することは原則として許されず,選挙権またはその行使を制限するには「やむを得ないと認められる事由」がなければならないとした(在外国民の選挙権行使の制限を合憲とする横尾・上田反対意見も国内に居住する国民の選挙権行使の制限に関する限りこの一般論に同調している)。本判決がこのように選挙権行使の制限に対して厳格審査を行うとしたことは,一連の議員定数不均衡に関する最高裁判決(略)が選挙制度の仕組みの具体的決定に関する国会の裁量を前提としてそこに合理性を認めうるか否かを判断していることと著しい対照をなす。おそらく,本判決は,投票価値の不平等の場合と違って,本件においては選挙権の行使それ自体が制限されていることを重く見たのであろう(略)。