Kevin Lima監督『Enchanted』(邦題:魔法にかけられて)

魔法にかけられて [Blu-ray]

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これはなかなかの佳作。特に音楽が素晴らしい。いまもメロディ口ずさみながら書いているくらい。
前田有一とかは本作を「セルフパロディ」とか「自虐的ギャグ」としか捉えられていないが、こういうのは「批評」というべきなんだよ。
ディズニー的世界のセル画ヒロインGiselleは、悪い魔女(もちろん王子様の継母)の計略で、「Happy ever after」の存在しない世界、すなわちNYのTimes Squareに落とされる(マンホールから出てくる)。そこからディズニー的な人たちと、実写的な人たちの異文化交流が始まる。実写界の方のヒーローRobertは、なんといってもNYの離婚弁護士であり、本人も離婚を経験している。
本作が「批評」の域に達しているのは、異文化交流による変容が、双方向的だからだ。
まず、Giselleのディズニー的天真爛漫により、ニューヨーカーの荒んだ心は癒され、「ディズニー化」する。Central Parkでのミュージカルシーンは最高だ。それに、Robertの顧客の黒人夫婦も、Giselleのおかげで離婚を考え直す。いや商売上がったりだよ(にこにこ)。
ちなみに前田有一は、

ディズニーが長年かけて作り上げた“御伽噺のお約束”が、ここでは一切通じない。そんな自虐的ギャグの数々には、ここまでやるのかと驚かされる。

と嘘を書いているので注意しよう。
さて、ここまでなら、ほとんど既存の枠組み通り、やっぱりディズニーだよね、ということにすぎない。実際にGiselleが現れなくとも、我々はディズニー映画を観て、現実の中にディズニー的なものを導入することで、心が荒みすぎないようにしているわけだ。
この映画が素晴らしいのは、Giselleもまた、実写界から学習し、成長することで、ディズニー的枠組みを乗り越えるからだ。Robertに助けられたGiselleは、最初こそ「すぐに王子様が来てくれるわ!」とか言っているのだが、実際に王子様(Edward)が来てしまうと、その頃にはRobertに惹かれてしまっている。これは、実写で観ればどうしようもなく見えてきてしまう、ディズニー的構図のEntzauberung(disenchantment)である。だって、王子様って、猪突猛進と一目惚れしか知らない、ただの単細胞馬鹿にしか見えないんだもん。そりゃ、大人の複雑さを身につけた生身のRobertの方が良いに決まっている。
この「生身」というところもポイントで、Giselleが最初にRobertへの好意に気づくのは、彼の胸毛の生えた胸に触るシーンである。他方でEdward王子は、王子様ルックなので生身が全く見えていない。
Giselleの成長は恋愛観の(現実に合わせた)複雑化にとどまらず、クライマックスでは、ドラゴン化した魔女にさらわれたRobertを、剣をとって助けに行くし、振り落とされたRobertを受け止める。二人の出会いの、落ちるGiselleをRobertが受け止めるシーンと、きれいに対称になっている。また魔女の手先のNathanielも、テレビで昼メロを観て、自尊心という概念を知り、最後には魔女に反抗する。これも重要な成長であり、ディズニー的枠組みからの脱魔術化である。
さて、ここまでは本当に素晴らしい。しかし、佳作どまりで傑作とはいかなかったのは、このdisenchantmentが不徹底で、enchantedなままになっている部分が残っているからだ。これは、以上の成長物語的側面と較べて、すごく気持ち悪い。
GiselleはRobertとくっつく。真の愛(のキス)は、この二人の間にこそあった。それはいい。ところが困ったことに、Robertには婚約間近の恋人Nancyがいた。Edward王子も残っている。真の愛が成就したことで、恋に破れた人も出てきてしまうわけだ。もちろん、現実というのはそういうものだ。だからこそ、この映画には、この二人の苦痛と、それでも生きていく強さが描かれるべきだった。ディズニー的enchantmentの親玉は、それとは反対の、現実にはありえない「みんな幸せに暮らしましたとさ」の枠組みだからだ。
ところがこの映画では、まずEdwardは最後まで馬鹿のままだ。女なら誰でもええんかい、という感じである。他方、Nancyは、途中からRobertの気持ちが自分に向いていないことに気づいている。その上で、毒リンゴを齧って倒れたGiselleに「真の愛のキス」をしろ、とRobertに言う。そこに、大人の恋の苦味と痛みをみない人はいないだろう。
にもかかわらず、Nancyの運命は非常にクリシェなのだ。最後、一人残されたNancyに、Edwardが近寄り、Giselleが残していった「ガラスの靴」を履かせる。ぴったりだ。僕といっしょに来ないかい。そしてなんと、この二人はセル画世界の中で結婚してしまうのである。これでは、やっぱりディズニー的世界というのは、現実に絶望した人が逃げ込む逃避世界にすぎないという枠組みは、まったく揺らいでいないことになる。二人でマンホールに飛び込むシーンは、正直、自殺のメタファーにしか見えなかった。それがすごく気持ち悪い。
しかし、まあ、志やよし。その点だけでも、ディズニーやっぱすごいなと思わせてくれた。それから書き忘れたが、ギャグのセンスも秀逸で、全編を通してかなり爆笑できる。面白かった。