東野圭吾『殺人の門』

殺人の門 (角川文庫)

殺人の門 (角川文庫)

「腐れ縁」てこういうものだよなあ、というのをすごくリアルに書いている佳作だと思う。
主人公が馬鹿すぎて感情移入できないとか言っている人は、超人的に賢い主人公の物語の読みすぎだろう。それは別の言葉でいうと「ご都合主義」というわけなのだが。
しかし、そのアレでいうと、本作の終盤で主人公がある種の反撃に出るあたり、つまり、倉持の策謀で結婚して(その後離婚して)しまった美晴という性悪女に対して、

「もう金輪際、おまえに金は渡さない。借金はおまえが返せ」
「でも・・・・・・」
「借金取りが俺のところへ来たら、俺はおまえを殺して自分も死ぬ。こっちは覚悟ができてるんだ。わかったか」

というところ、読者としては確かにカタルシスがあるのだが、しかし本作の醍醐味は、カタルシスのない蜿蜒としたもどかしさをイライラしながら味わうというところにあるのであって、こんなところで中途半端にすっきりしてもしょうがないのだ。
ここで反撃モードに入ってしまっているがゆえに、最後の最後、意識不明の倉持の首を締めるシーンに、緊張感がなくなってしまっている。「殺人の門」を越えたかどうか、という問いに説得力がなく、越えたに決まってるだろうという答えの方に説得力が発生してしまっている。だって反撃モードなんだから。
こういう展開ではなく、そういえば倉持にはいろいろ不幸にさせられたけど、でもこいつの言うとおり、得もさせてもらったよなあ、と一人で勝手に納得して、結局殺人の門は越えられず、ということであれば傑作になったのではないか。