ヒラリー・ウォー『待ちうける影』

待ちうける影 (創元推理文庫)

待ちうける影 (創元推理文庫)

ひどい出来だなあ。
連続猟奇殺人犯を無罪にして精神病院に入れることの是非とか、そもそもそれは治療によって治るものなのかとか、退院してきた元犯人に対する社会の処遇とか、生徒のほとんどが黒人の学校での白人教師の苦境とか、様々なテーマが呈示されているのだが、見事に一つも回収できていない。
主人公は、妻をレイプされ殺され切り刻まれた過去を持つ教師で、現在は再婚して二児に恵まれ、職場の問題はありつつも、なんとか幸せな生活を送っているのだが、ある日、妻を殺した男が退院したという知らせを受ける。主人公は妻の死体を陵辱する犯人を見つけたときに、銃で相手の性器を打ち抜き性的不能にしたという経緯があって、犯人が自分に復讐しにくるものとパニックになる。
さてここで、このパニックが妄想かもしれないという可能性が持続すれば、結構面白いサスペンスになると思うのだが、この作品では、ちゃんと犯人側視点からの叙述もあって、妄想ではなくて事実であることが前提で話が展開する。そこには何のひねりもなく、そのまま犯人が計画を実行し、主人公が乗り込んでいってやっつけて、また退院してきたら怖いけどとりあえずよかったね、という、それだけの話だ。
なので、とりわけ主人公の現在の妻フランシスが、「あなた考えすぎなのよ」みたいに妄想扱いして、時々キレているのが、あまりにも非現実的な反応にしか見えない。作中人物の共通知識として、(1)犯人は連続猟奇殺人犯である、(2)主人公は犯人を性的不能にした、(3)犯人は少なくとも逮捕後数年間は、主人公への復讐を叫んでいた、(4)犯人は先ごろ退院した、(5)犯人の復讐が、もし起こるとしたら、主人公の妻子に対する陵辱を含むものになるだろう、といったことは疑われていない。にもかかわらず、フランシスは「退院させたってことは治ったってことでしょ」とか言うのである。こんな反応はありえない。
それから、それまで主人公と対立していた黒人生徒たちが、後半になって急に、団結して主人公の24時間ガードを申し出る。この唖然とするような変わり身もありえないし、教師として生徒にそんなことを頼めるのかよ! というツッコミを禁じ得ない。
というわけで、凡庸なプロットに、ありえないキャラクター設定、というまとめで。