新潟医療福祉大学「社会学I」 第13回 「福祉国家と福祉レジーム」

今回は、第2部第7章「福祉国家と福祉レジーム」(武川正吾)。とはいえ、エスピンアンデルセン的な福祉レジームの社会学的研究の話は、詳しすぎてとても話せないので、授業の目標としては、「国家」というものに対する憲法論的な考え方の基本を押さえたうえで、その種の規範的な議論では捉えきれない部分に、福祉社会学研究の必要があるんだ、みたいなことをしゃべった。
まず、近代国家は(国民が定める)憲法によって授権・制限されるもので、その枠内で法律を制定して国民を縛るという関係。憲法が定める国家の性質としての自由国家/社会国家(夜警国家福祉国家)の対比。憲法25条のプログラム規定性に見られるような、具体的に法律が制定される際の裁量の余地。そして最後に、そうやって定まる法的な仕組みのもとでの、人々の振る舞い方(サーヴィスを与える側/受ける側双方の)。
ところで、228頁の「引用文献」のところ、2)〜4)は明らかに1)と同じく、ウィレンスキー『福祉国家と平等』からの引用であるのに、なぜか本文中にまったく登場しないマートン社会理論と社会構造』になっている。間違いなので注意されたし。


以下、レスポンスカードから。

  • 憲法についてのお話を聞いていて、憲法第9条についての問題が思い出されました。小学生の時からこの問題はあって、その時は「変えればいいじゃん」ってカンタンに考えてたけど、そうカンタンな話じゃないんだなって、今日感じました・・・

  • 憲法は国家を制限しているという言葉が印象に残りました。この世界には、憲法がない国もたくさんあって、国家が独裁的になっている国もあるのだと改めて気づきました。日本には憲法があって幸せだなと感じました。

  • 社会学の授業がだんだんと本格的になってきて難しくなったと思ったのですが、次はもっと難しいということで分かるか不安になりました。 (もっと難しくなる、って言いましたっけ? そんなことないですよ。

  • 福祉国家という言葉はほかの講義でもよく耳にするが、よくわからないまま過ごしてきた。教科書に様々な視点からとらえた福祉国家が載っていて、新しい発見があってよかった。 (どんな概念でもそうですが、用いられる文脈によって意味がずれてきます。今回は国民から国家への憲法による授権・制限という文脈で(自由国家との対比で)お話ししましたが、他の講義でも、それがどんな文脈で言われているかに注意しながら聞くとよいと思います。

  • 私はもったいないという言葉はすごくいい言葉だと思っていましたが、もったいないについての話を聞いて、そういうわけでもないのかなと思いはじめました。

  • 頑張って話を聞いていようと思ったのにいつの間にか目をつむっていて、いつの間にか寝ていた。目を閉じたらだめなんだなぁ、と思った。 (私は学生のとき、目を開けていると余分な情報が入ってきてしまう。むしろ目を閉じることで聴覚を研ぎ澄まし、先生の言葉に集中するのだ! とか漫画みたいなこと思いながらすやすや寝てました。

  • 福祉国家といわれている日本だけれど、日本はそこまで福祉の国じゃないと思った。

  • 今日はレスポンスから楽しかったです。一口だけたべれば太らない。残りは捨てればいい。という考え方は、普通できないだろうなって思いました。基本、人はキライだからとかお腹いっぱいだから残すのであって、食べたいのに残したりしないだろうし、食べられるからもったいないって思うんだろうと思いました。又、普通残しちゃだめというのは聞くけど、残せばいいということばに驚きました。/人は法でさばかれているのに、25条など、人の生活を支えるのはプログラム規定でできなくてもいいという風になっていると聞いて悲しくなりました。だからホームレス、ネット難民がへらないのかなって思いました。 (ちなみに私は食べ始めると途中で残したりできない人なので、ダイエット的観点からは、できるだけ食べ始めないようにしています(家に余分な食べ物を置かないとか)。

  • 福祉国家じゃなくても、どこでも、法律が関わっていると思う。

  • 「もったいない」の事例で、ダイエットの場合は何か「環境(資源)をとるか自分(体型)をとるか」のどちらを優先する事が合理的か、それに親などが作ってくれた料理の場合はもっと「人間関係」的な悩みも発生すると思う。道路の話も、「何を優先すべきか、重視すべきか」という個人の考えもあるし、「合理的」というのはどの方面から見るかでも異なるから、難しいんだなぁと思った。感情論もあるし、「もったいない」と「合理的」は大変だと感じた。 (おっしゃる通りで、それは「生きる」ことの大変さなわけです。人は、「良い」ことだから「できる」「したくなる」わけではなく、「合理的な」ことをしたからといって後悔しないとは限らないわけですよね。

  • 社会福祉学の必要性は、福祉レジームがどのようにできているのか知らなければならないという概念について理解しました。今回の内容は難しかったです。

  • ダイエットの話はとても面白いと思った。今日は中・高で習った言葉がたくさんあって興味があった。私は結構法の話が好きなので憲法の話などはとても面白かったです。

  • 規律ではなく国民は憲法で国家は社会として活動できている。憲法の重要性を改めて知った気がします。

  • 先週出席しなかったのですが、「もったいない」の話が面白かったです。外国には「もったいない」の精神が無い、だから広めなければ! と、叫んでいた人が居ましたが、外国の方はただ単に合理的なモノを望んでいただけなんだなーと思いました。ガイナックスの話が出てきてびっくりしました。早くカヲル君が観たいです。

  • 先週にひき続いた「もったいない」の話がおもしろかったです。

  • 私は普段から合理的であることに努めています。しかし高校でもそうでしたが、大学でも、集団の中にいるとなかなか自由に合理的な行動ができずにいます。自分が不合理だと思いつつ、集団にあわせて行動することは少し苦しいですが、のちのちを考えれば合理的な行動だとも思いますし・・・。こうやって考えている時間が一番不合理なのでしょうか。 (自分の行動選択を決める基準は合理性だけではありません。気持ちよいかどうか、楽かどうか、といったことも考慮するべきでしょうし、身体・精神両面からの自分の健康、自分の好きな人の幸福、倫理的な意味での高貴さ、譲れなさ、みたいなものも含まれるでしょう。そういったものの狭間で悩んでしまうことは合理的ではないですが、人間的だと思います。

  • 今日の話も良く分からなくてショックでした。

  • ケアをする人の思いは、ケアという労働をすることによって、よろこんでくれる人が出てくる。しかし、ケアをして、つくしてきた人の死などで燃えつきてしまう、ということだが、つまり、ケアを仕事としている人は、利用者を幸せにすることが生きがいなのではないか、と思った。その生きがいが無くなってしまうから燃えつきてしまう。ケアの仕事に限らず、仕事をするということは何らかの生きがいが必要なのだと感じた。 (必要っていうか、仕事に生きがいを見いだせる人はそうでない人に較べて、その点では幸せなんだろうなと思います。でも、仕事の成功/失敗が過剰に生きがいを左右してしまうと、バーンアウトのような精神的不安定をもたらしやすくなるようにも思います。上手くバランスを取ることが必要で、そのための精神的なノウハウの蓄積が、今後重要になってくるのでしょう。

  • 福祉が憲法学と関係性があるとは思わなかった。

  • 日本人は「もったいない」という精神がもともと強いと思う。物が豊かになってきた現代においては、「もったいない」と思う人も少なくなってきたかもしれないが、もともとの物に対する意識は強いほうであると思う。それが合理的かそうでないかを判断するのは難しいものだと今日のリスポンスを聞いて考えた。 (あなたのコメントを読んで気づいたのですが、私がその不合理性を指摘している「もったいない」が、すでに支払ったお金のような「過去志向」のものであるのに対して、目の前にある物を捨てるというときにはその物自体に対する「もったいない」感もあって、それは「現在志向」だなとか。「買ったビッグマックを一口かじって捨てる」の事例だと、この両者が混在しているわけですね。この話は次回のレスポンス返しで少ししましょう。

  • 私は他の授業で福祉国家というのを学んだ。その時は、“福祉国家”という言葉があり、どのようなものなのかというのを学んだ。しかし、今日の授業で、福祉国家といっても、いくつかの概念があり、深く学ぶことができた。

  • レスポンス返しについて、問題は分けて考えれば少しずつでも解決していきますね。まだ視点が足りていないんだと分かりました。/規制があるからこそ、福祉国家が成り立ってきたのかなと思いました。

  • 2、3週間ぶりに授業に出ました。思ったより人がいて驚きました。やっぱり授業料を払っているわけだし、出ないともったいないかもと思って出ました。英会話スクールの話を聞いて、授業よりも自分にとって得になることがあるならそっちを優先してもよい・・・みたいな話を聞いてなるほどなと思いました。

  • 今日の講義で福祉国家のことを知ることができました。第3節は読んでおこうと思います。

  • 今回のは、正直難しくて、理解するのに苦労しました。

  • 阿部真大氏の『働きすぎる若者たち』を読んだことがあるのですが、私は「生きていく意味ないのか・・・?」という感覚に陥ってしまった記憶があります。高2のときに読んだので、これからの人生がお先真っ暗なような気がしました。 (え、そんな暗いメッセージの本だったっけ? ケア労働といえども、クライアントの反応に自分の一喜一憂を依存してしまうんじゃなくて、他の職と同様にある程度クールでいないといけないよ、みたいな話じゃなかったっけ? 違った?

  • 夜警国家は、高校でもならったので、ふくしゅうできてよかったです。

  • こないだよりも人が増えてうれしかったです。

  • こないだよりちょっと人が増えていてうれしかったです。先生のテンションが低かったので、来週までによくなっているといいと思いました。 (あれ? そんなに低かったですか? 授業のテンション管理って大変なんですよね・・・ たぶんそういう面ではケアワーカーにも通じるものがあります。

  • このまえの授業より人が増えていた。

  • 先生は、去年もこの大学で少し教えていたと前にお話していましたが、その時の授業の人数も今のような少人数になった時はありますか。 (去年は看護学科でしたが、そうですね。

  • 以前、今までのレポートで面白かったものをしょうかいしてくださると話をしていたのですが、それはまだでしょうか? ぜひ、ききたいです。 (そうですね。遅くなってすみません。次回か次々回にでも。

  • 前回から話が難しいなと思った。

  • うしろの席に座れて良かった。少ない人数の方が先生の話が聞きやすくてよかった。

  • レポートについてですが、集団の中で起きる問題が見つけられないんですが、もっと例を出してください。 (集団には限定していません。自分が抱えている問題をまず見つけてみましょう。それは必ず、何らかの社会的空間に関係していますので、そこに位置付け直すというやり方をとってみればいいでしょう。

  • 今日の授業内でのレスポンスがえしでの「もったいない」という言葉について、私の考えを改めさせられました。私も「もったいない」という言葉はいイメージだけかと思っていましたが、岡田さん、道路問題について説明をきき、現在のことだけでなく、これから先のことを考えることが大事(もったいないの不合理性)であることが分かりました。

  • やはりもったいないという考え方は貧しいのでしょうか。

  • さっき言ってたダイエット方法は、なかなか使えると思った。食いたいという欲望は、一口食べれば満たされると思う。今度ためしてみようと思った。

  • 不合理だという考え方は、すごいなと思いました。そろそろレポートをしようと思います。

  • お金の無駄と考えると、道路の工事なども、講義に出るか出ないかもすごく悩むことです。でも、道路の工事は、途中までつくったなら最後までつくるべきです。道路が完成したら使う人は絶対いると思います。 (結局大切なのは、維持費も含めてかかる費用と、それで得られる便益とのバランスです。使う人が(ごく少数)いる、という便益は、それを得るためにかかる膨大な費用を正当化するでしょうか。

  • 憲法第25条は中学の時から、何度も教えられてきました。「最低限度の生活」というのは人それぞれだと思います。法律がなければ成り立たない社会というのは悲しいと思います。

  • 出席はとっているんですか? この前言ってたのはうそですか? (えーと、どの発言のことでしょう。欠席を減点にしない(原則として出席を加点にもしない)ということはシラバスにも書いてあるし、最初から何度も言っていることです。これは嘘ではありません。ただ、ほんとに嘘じゃないのかどうかを確かめることは誰にもできません。←とか、こんなこと書くからいかんのですかね(笑)

  • 目の前にいる人は助けるけど、目に見えない人は助けない・・・倫理的と聞いて、ナイチンゲールが浮かびました。ナイチンゲールは、たぶん目に見えないたくさんの人々も助けたいという気持ちだったのかなぁと思いました。

  • 福祉国家にとって憲法体制はどんな意味を持っているのかが分かった。もっと憲法を詳しく学ぼうと思いました。

  • 「倫理は中立性である」という言葉がすごく印象に残った。「夜警国家」という言葉はいろいろな授業ででてきているので社会福祉の上で重要な言葉なのかなあと思った。

  • もったいない話で先生との距離を感じました。

  • 眠かったけどがんばった。

  • 人数が少なかった。レポートを書き始めようと思う。