下條信輔『サブリミナル・インパクト』

サブリミナル・インパクト―情動と潜在認知の現代 (ちくま新書)

サブリミナル・インパクト―情動と潜在認知の現代 (ちくま新書)

題名に反して大したインパクトのない本。

私たち現代人は日々、おびただしい情報と刺激に取り囲まれて生活しています。政治の理不尽、文化の突飛、市場の予知不能、犯罪の精神病理、国際情勢の不可思議。日々伝えられる現代的な新現象はますます了解不能な、敢えて言えば奇怪な様相を示し、私たちを漠然とした不安に陥れます。(pp. 296-297)

なんか、そういう現代文化論、現代社会論としての記述が、結局著者の印象論でしかなくて陳腐。著者は、現代社会について何か心配しているらしいのだが、それが何なのかさっぱりわからない。選択肢の「過剰」とか、それによる消費者の「狼狽」とか「混乱」といった、結局は言葉遣いによる印象喚起にしかなっていないと思う。
例として出される、お婆さんが携帯電話を買いに行ったときの話とかでも、実にいかにもな事例ではあるけれど、たぶんその人は、スーパーの鮮魚コーナーに行ったときには狼狽せずに買えるのである(それに対して、ふだん肉しか買わない人が鮮魚コーナーに行くと、種類が多すぎて、そして種類の違いが料理法や味にどう影響してくるのかがわからなくて、途方に暮れるのである)。
まあ要するに、「現代的な新現象」について「私たちを漠然とした不安に陥れ」(ようとし)ているのはこの本それ自体じゃないですか、ということ。
もちろん、著者の専門研究による知見はおもしろく読めた。おそらく、現代社会論的な問題関心が、著者の専門研究に対して良い刺戟となっているのだろうと思うが、そうなのだとすれば、そういう書き方をしてくれた方がもっとおもしろかったと思う。「心理学で社会を見る」みたいな議論が成り立つには、心理学は学問として(そして著者が心理学者として)きちんとしすぎているのだと思う。