Harm Principle

自由主義の基本原則は、〈自由が大事〉である。ところが、この原則と並んで、あるいは、この原則に対する但し書として、〈他者に危害を加えるな〉〈他者に危害を加えない限りで〉が付加される。両者の関係は思われているほど簡単ではない。「他者危害原則」ないし「危害原則」という言い方を誰が始めたのかは知らないが、語の並びだけを見るなら、「他者に危害を加える(べき)原則」と読めてしまう。そうであるのに、「他者危害禁止原則」と言い直されないまま流通している。この辺りに、自由主義の秘密を探ってみることができる。
http://d.hatena.ne.jp/desdel/20080220

少なくともミルに代表される通例の用法では、Harm Principleというのは「他者危害禁止」という原理ではない。〈他者に危害を加えるな〉という命令でも、自由は〈他者に危害を加えない限りで〉といった(自由に対する)制限でもない。他者に危害を加えない行為の自由を禁止するな、とか、他者に危害を加えない行為は自由だ、という原理である。自由の制限に対する制限といってもいい。
これは、他者に危害を加える行為の自由を制限しろ、ということではないので注意が必要だ。「他者に危害を加えない限りで自由」と「他者に危害を加えない限り自由」はまったく違うことを述べている。「で」があるかないかで大違いである。
ミルがこの原理を提出することで否定したのは、当人の善の向上を目的とした自由の制限、つまりパターナリズムである。論点は、何が自由制限の理由となりうるか、であり、ミルの主張は、「当人の善は理由になり得ない」/「なり得るのは他人への害だけ」というものだったわけだ。なお、「なり得る」が「なる」を含意しないのはいうまでもない。