ピーターソン「離婚の経済効果の再評価」

  • Richard R. Peterson, 1996, "A Re-evaluation of the Economic Consequences of Divorce," American Sociological Review 61, pp. 528-536

 1985年に Lenore J. Weitzman という人が『離婚革命』(The Divorce Revolution)という本を出した。この本で著者は、離婚後、男性の生活水準は42パーセント上がるのに対して女性の生活水準は73パーセント下がる、という衝撃的な数値を発表。この本は米国社会学会賞の受賞をはじめ、専門一般を問わず様々なところで引用された。最高裁で引用されたことまである。さて、上の数字は類似の研究による数字と較べて極端に値が大きいため、当初から専門家の批判対象となったのだが、依然として引用され続けるのに業を煮やした研究者が、じゃあ俺が分析しなおしてやる、といって同じデータ、同じ方法、同じ尺度を使って計算しなおしたら、『離婚革命』の数字は単なる計算間違いであることが判明したという論文。Petersonが得た結果は、離婚後、男性の生活水準は10パーセント上がるのに対して、女性の生活水準は27パーセント下がるというもの。
 「離婚にまつわる神話トップテン」でも

5 離婚すると、女性の生活水準は73%も低下するが、男性の生活水準は42%も上昇する。

この劇的な不公平は、社会科学から提出された統計数字の中でも最も人口に膾炙したものであるが、後に計算間違いに基づくものであることが判明している。データを分析しなおしたところ、女性の生活水準の低下は27%、男性の生活水準の上昇は10%であることがわかった。格差の大きさはともかく、離婚後の生活水準について性別による格差は現実に存在するし、近年でも大して縮まっていないようである。

とあるし、私が最近読んだ Will Kymlicka のContemporary Political Philosophy でも

稼得者が誰であるかはともかく、婚姻期間中の生活水準は夫婦間で共有されうるのに対して、米国における離婚の結果は男女間で極めて不平等である。離婚後、男性の平均生活水準は10パーセント上がるのに対して、女性の平均生活水準は27パーセント下がる。40パーセント近い差が出るのである。(p. 381)
離婚による経済的結果に関する正確な数値は議論の対象になっている。 Lenore Weitzman が1985年の著書で示した格差はこれよりもひどい。 Weitzman の計算によると、 California では、離婚後、男性の生活水準は42%上がるのに対して、女性の生活水準は73%下がる。 Richard Peterson はこれが計算間違いであることを示した。本書では、離婚にともなうジェンダー不平等の評価として、 Peterson によるより保守的な(しかし依然としてひどい)数値を引用することにした。(pp. 422-423., n. 5)

とあって、 Peterson の数字がより正しいものとして採用されている。
 さて、 Peterson の数字が、 Weitzman の用いたデータから本来得られるはずの数字としてより正しいというのはその通りだろう。しかし、それが離婚に関する男女間の不平等を示す数値として正しいかどうかはまた別の問題である。 Peterson 論文の目的は、よく引用される Weitzman の数字がいかにトンデモであるかを示すことにあり、それゆえ同じデータ、同じ方法、同じ尺度を使っているわけだ。しかし元のデータ、方法、尺度が不適当なものであれば、どんなに計算が正しくても、出てきた数字が男女間の不平等を示す数値として適切であるとはいえない。そして詳しく見ていくと、結構やばそうな感じがする。
 まずサンプル数が228組と少ない。そこからデータを得る方法も、228組なのに228人しかインタヴューの対象にしていない。つまり各元夫婦のうち男女どちらかからしか聞いていない(男114人、女114人の同数)。つまり離婚後の相手の収入についても、元配偶者が答えている。そんなの正しくわかるのかと。
 生活水準は、収入額÷必要額(必要なうちの何倍の収入を得ているか)で算出している。必要額は、公的データに基づいて、対象の世帯構成から算出している。変なのは、離婚前の収入は世帯収入、つまり夫婦の収入の合計なのに、離婚後の収入は本人収入だけしかカウントしていないこと。このように測定される女性の「生活水準」が離婚後下がるのは、世帯の主たる稼ぎ手が男性であることが多い以上、当り前だろう。
 たとえば「生活水準」4(つまり最低限必要な額の4倍の収入がある)の夫婦が離婚したとする。収入はすべて夫が稼ぎ、妻は専業主婦だったとしよう。離婚後しばらくして、二人とも考えなおし、元の夫ないし妻とヨリを戻して再婚したとする。この場合、夫の「生活水準」は離婚の前後で4のまま不変だが、妻は離婚後「生活水準」が0になる。男性の「生活水準」は0%上昇、女性の「生活水準」は100%下降である。もちろん世帯の生活の水準は離婚(および再婚)の前後で何も変わっていない。これは同じ夫婦が再婚するという極端な事例だが、専業主婦の妻が、低収入の夫を見限って年収10倍の男性と再婚したって、あるいは実家に戻ってパラサイトシングルしていたって、「生活水準」は100%下降なのである。
 というわけで、「生活水準」の尺度の作り方が変で、普通「離婚後の生活水準の変化」と聞いてイメージするものになっていないという問題があるのであって、仮にこの尺度でジェンダー偏向が出たとしても、それは稼得者のジェンダー偏向という、すでに明らかな事実の反映にすぎないのではないかという疑念を禁じえない。