内藤初穂「『星の王子さま』の翻訳作法」

内藤初穂,2007,「『星の王子さま』の翻訳作法」,『学士会会報』863,pp. 43-48
 著者は『星の王子さま』の訳者内藤濯の息子。訳業は濯氏70歳のときで、口述筆記だったそうな(筆記したのが岩波の編集部にいた著者の奥さん)。この文章でも触れられているが、Le petit princeを「星の王子さま」と訳したのはこの訳業の最大の功績だと思う。これに較べたら「小さな王子」ではぜんぜんだめだ。私も以前、これに対抗しようと思ってタイトルを考えたことがあって「王子くん」というのを思いついたが、やはりぜんぜんかなわない。
 他方、boaを「うわばみ」と訳したのはいただけない。語り手は『本当の話』という6歳の子供が読む用の、おそらくは多少誇張して書かれた自然科学本を読みながら、原生林のことを想像しつつboaが象を丸呑みにする様子を思い描いているのであって、それゆえboaは実際に密林に棲息している現実の蛇のことでないといけない。それを「うわばみ」などといってしまっては、読んでいる本が(日本の!)妖怪図鑑になってしまう。またたとえば「大蛇」のような一般名詞でもだめだ。子供向けの科学本を読んだことのある人なら誰でも知っているように、その種の本の生命線は適度なディテイルにあるからだ。それゆえboaは「ボア」と訳すのがあらゆる意味で正しい(私が見た英訳だとboa coonstrictorと訳していた。このくらいスペシフィックにしてちょうどいい。)。