千明孝一監督『ブレイブ ストーリー』

ブレイブ ストーリー [Blu-ray]

ブレイブ ストーリー [Blu-ray]

「体力は平均。勇気は最低ランク。総合評価は35点」――そりゃお前らのことだろう、と作り手に言いたくなる駄作。子供なめんな。
主人公のワタルくん。学校から帰ると、お父さんが「別の人と暮らすことにした」とか行って出ていくところ。この辺ですでに、離婚のリアリティがまったくない。そんなふうにフラッと出ていくもんかねえ。さて、思わず飛び出して、ミツルくん助けたりして、家に帰ってみると、お母さんが倒れている。なんか警報機がピーピー鳴ってるし、ちょっと変な臭いも。で、救急車で病院へ。担架で運ばれていくお母さんを見送ったワタルくん、「こんな運命いやだー」ってことで、ミツルくんが言っていた、願いを一つ叶えてくれるという異世界へ旅立つ・・・
いやいやいや、お母さんの症状全然わかんないんだけど。ガス中毒になるほどガスが充満しているようには見えなかったし、ワタルくんは全然大丈夫のようだし、そもそも、大画面薄型テレビとか置いてあるきれいな家のシステムキッチンで、ガス漏れとか普通ないよねえ。立ち消え安全装置付いてないの? というか、お母さんのそばについててあげないでいいの? というわけで、異世界での冒険を支える初発の動機に不合理さが満載で、全然ノレないし、最後の道徳的決断にしても、説得力がない。
異世界での冒険も、「宝玉を5つ集めるのじゃ」とか言われて集めに行くわけだが、設定が説明不足で、何をしようとしているのかさっぱりわからない。宝玉というのは、世界に5つしかないのか、それとも5種類あって、それぞれの種類の玉はいくつでもあるのか、どうなってるのか。ミツルくんもワタルくんも4つ集めていたということは、5種類のものがそれぞれ複数個ずつある、としか考えられない。だとしたら最後の玉も、それを奪ってしまうとカタストロフが起こるあの場所にある1個以外にもあるんじゃないのかとか思うが、もしかしたら最後の1個だけはそこにしかないのかもしれないとも思う。要するにまったく不明。
クライマックスでは、ワタルくんが、自分の願いを放棄して、異世界の壊滅を防ぐ。こういうのは、さあ願いを言え、というところで、一言だけ意外な言葉を発し、それで光と音の大迫力のシーンがあって、脇役が簡単に「あいつが世界を救った」とか言えば、すごく効果的なはずなのだが、この映画では、ワタルくんが全部セリフで動機やその意味を説明してくれる。実にだらだら感いっぱいである。
さて、一方のニヒルなミツルくんだが、実は、小さな頃に、父親が母親とその浮気相手を殺害し、ミツルくんの妹と無理心中を遂げていたことが、終盤で判明する。ここまでのぬるい展開に比して、いびつに重い現実である。
ワタルくんの選択が意味しているのは、(ワタルくんがセリフで丁寧に説明してくれているとおり)重い運命でも受けとめて、自ら未来を開いていく、それが生きるということだ、という気づきである。さて、その選択の結果、現実界に戻ったワタルくんを待っていたのは、まず、お母さんは普通に元気でパートに出かける。ワタルくんは朝ごはんとか作る。そんな日常。・・・えーと、お母さんはやっぱりたいした症状じゃなかったのね・・・ 結局ワタルくんが受け入れた運命というのは、お父さんが他の女のところに行った、という側面だけなのね。いや、あの、普通ですね。
そういうふうに呆れてすませられないのは、ラストシーンである。学校に着いたワタルくんの前に現れたのは、なんと、ミツルくんとその妹のアヤちゃんだーっ! 喜ぶワタルくん。ワタルくんが自分の運命を受け入れたことで、ミツルくんとアヤちゃんの運命はいい方向に変わったんだね! めでたしめでたし。・・・って、何だよそれ。運命受けいれるってそんなぬるいことなのかよ。それに、それはつまり、妹が死んでから数年間のミツルくんの人生はなかったことにされているということだ。これが意味していることはただ一つ、結局、ミツルくんやアヤちゃんというのは、それぞれの運命を担うべき〈人間〉として登場していたのではなく、単にプロット上の必要条件として、小道具的に使われているだけだということ。これはワタルくんの立場から言えば、完全なる他者性の欠如であり、おそらく彼はその後の人生、「俺の自己犠牲のおかげでこいつらは幸福になれた」という全能感的優越感のもとで生きることになるだろう。
つまり、本来は運命を、というか現実を、受け入れた上でそれでも泥にまみれて汚く生きる、という意味での人生肯定こそが主題であったはずなのに、作り手の勇気が最低レベルであったがゆえに、自己犠牲するといいことあるよ、というくだらない戦略的教訓に堕しているわけだ。
宮部みゆきの原作は、もっと殺伐とした現実をきちんと描いているらしい。宮部はあまり好きではないのだが、ちょっと興味が湧いてきた。