理論家

学者、行為者、実践者、主義者、論者、キリスト者、医者、忍者、隠者、(屋根裏の)散歩者、などなど、「者」がつく人たちと、政治家、愛妻家、恐妻家、実践家、ハッテン家、などなど、「家」がつく人たちがいるが、学問に関わるものとしては珍しく、理論をやる人は理論家と呼ばれ、理論者とは呼ばれない。論者がいるのに、またキリスト者のようなかなり無理のある感じの言葉まであるのに、なぜ理論者とは言わず理論家なのか。
「家」の人たちを見ると、複数の可能性の中から一つを自ら選び取った人という感じがしないでもないが、それだとなぜ主義者は「者」なのかということも思う・・・ので、もしかしたら「家」は「主義者」と同義なのかもしれないと考え、すると政治主義者はちょっと変だが、愛妻主義者とかハッテン主義者とかは結構いけそうな気がする。そうすると理論家は理論主義者ということで、少なくとも社会学界での位置づけを考えるとそれもありかなとも思える。ただ実践者というよりも、実践家といった方が、当人の実践に対する思い入れが伝わろうというものであろう。
じゃあそうだとして、理論者といわず理論家と呼ぶことの語用論的な効果は何かといえば、「あなたたちは好きで理論を選んだんだから不遇であっても自己責任だ」という、ああここにもネオリベラリズムの翳が・・・