ギデンズ『新しい社会学的方法の規則』

New Rules of Sociological Method: Second Edition

New Rules of Sociological Method: Second Edition

  • 第三章 「社会生活の生産と再生産」(The Production and Reproduction of Social Life, pp. 100-135)
  • 第四章 「説明の形式」(The Form of Explanatory Accounts, pp. 136-162)
  • 結論 「新しい社会学的方法の規則」(Conclusion: Some New Rules of Sociological Method, pp. 163-170)

A
1  社会学が対象とするのは、「あらかじめ与えられた」客体の世界ではなく、各主体の行為によって構成され、また生産される世界である。人間は自然を社会的に変換し、自然を「人間化」することで人間自身をも変換する。もちろん、自然界は人間の存在から独立した客体世界として構成されてあるので、人間が自然界を生産するわけではない。人間は自然界を変換することで歴史を創る。そしてその歴史の中で生きる。しかしそれは、下等動物の場合とは違って、社会の生産と再生産が「生物学的にプログラムされている」からではない。(人間が構築する理論も、技術として応用すれば自然に影響を及ぼすこともある。しかし理論が、自然界そのものの性質を構成するということはない。この点で、自然界と社会的世界は異なる。社会的世界は人間がつくる理論によって構築されるのだ。)
2  だから社会の生産と再生産というのは、単なる機械的な過程ではなくて、社会成員による一定の能力の行使だと考えなければならない。ただしだからといって、行為者が自分の能力について、またその使い方について、完全に自覚しているわけではないし、社会生活というのは行為者が意図的に惹き起こす結果だという理解も間違いである。
B
1  人間の行為には限界がある。人間は社会を生産するというのはその通りだが、行為の条件は歴史的な条件に制約され、人間はこの条件を自分で好きなように選ぶことができない。意図的行為として分析できる行為と、「出来事」の集合として法則論的に分析すべき行動との間の境界は曖昧である。社会学では、法則論的分析の最も重要な課題は社会的システムの構造特性を説明することである。
2  構造を概念化する際には、人間の行為に対する制約という側面と同時に、人間の行為を可能にするという側面も組み込んでやる必要がある。これを名づけて構造の二面性という。構造はつねに、構造作用という観点から捉えることができる。社会的慣習の持つ構造作用を研究するとは、構造が行為によって構成され、逆に行為が構造によって構成される様を説明するということである。
3  構造作用とは、意味、規範、権力の相互作用を含む過程である。この三つの概念は社会科学の「原初的」用語と分析的に等価であり、意図的行為概念と構造概念の両方に、論理的に含意されている。認知的秩序と道徳的秩序はつねに、同時に権力のシステムでもあり、「正統性の地平」を含む。
C
1  社会学的観察者は社会生活を観察するわけだが、観察者自身が社会生活についてあらかじめ持っている知識を資源として利用しない限り、社会生活は観察すべき「現象」としては現れてこない。社会生活についての知識こそが、社会生活を「研究すべき主題」として構成するのである。この点では、観察者もその他の社会成員も立場は変わらない。「相互知識」とは個々ばらばらな知識の集合ではなくて、社会学者と日常行為者が共通に用いる解釈図式のことである。これがないと社会的行為は「理解」できない。
2  観察者が社会的行為を理解するには、その生活形式にどっぷり浸かるしか手はない。どっぷり浸かると言ったが、これはたとえば他所の文化でいうと、その共同体の「成員になりきる」という意味ではない。そんなことは不可能である。他所の生活形式を「知る」とは、その生活形式を構成している実践に参加することができるようになるということである。社会学的観察者にとっては、それこそが記述の一形態なのである。そうやって得られた記述は、社会科学の言説範疇に変換してやる必要がある。
D

1  だから社会学的概念は二重の解釈学に従う。
(a)  自然科学でも社会科学でも、理論図式というのはある意味でそれ自体が一つの生活形式であって、そこでの概念使用はある種の記述を生みだす実践行為なのであって、まずはそれを習得する必要がある。この概念習得がそれ自体一つの解釈学的課題であることは、クーンその他の科学哲学が明確に示している。
(b)  ところが社会学の対象世界は、それ自体がすでに社会的行為者自身によって意味枠組の内部で構成されている。だから社会学はそれを、社会学の理論図式の内部で再度解釈し直してやることになる。つまりは、日常言語と専門言語の媒介となるのである。これが二重の解釈学ということだが、関係は一方通行ではないのでかなり複雑である。社会学で構築された概念が横滑りして、元々の分析対象であった行為をしていた人々もその概念を使うようになり、結局その行為自体の不可欠の要素となってしまう、ということがつねに起こるのである(その結果、社会科学の専門用法とは違った用法になることもありうる)。
2  まとめると、社会学的分析の第一の課題は次の通りである。
(a)  様々な生活形式を社会科学の記述的メタ言語の内部で解釈学的に説明し媒介する。
(b)  社会の生産と再生産を人間の行為の結果として説明する。