TVA

以下、Wikipedia(英語)の"Tennessee Valley Authority"の訳。

 テネシー渓谷開発公社(TVA)は米国の国有企業である。創設は1933年で、大恐慌の被害が特に甚大だったテネシー渓谷流域の水運、治水、発電、肥料生産、経済開発を担うことを目的につくられた。つまりTVAは単なる電力会社ではなく、地域経済開発機構も兼ねていたのであり、専門官と電力を用いて地域の経済と社会を迅速に近代化することを旨としていたのである。TVAが管轄する地域は、テネシー州の大半、アラバマ州ミシシッピ州ケンタッキー州の一部を含み、それに加えてジョージア州ノースカロライナ州ヴァージニア州にもわずかながら及んでいた。TVAは大規模な州並みの領土を持つ地政学的単位であり、(収用権をはじめとする)いくつかの州権力を有していたが、市民を持たず、また議会を持たない点が州とは異なっていた。TVAは連邦政府の地域計画機構としては当時最大規模のものであり、これは現在でも変わらない。David Lilienthal(「Mr. TVA」)の指導の下、TVAは第三世界の農耕社会を近代化しようとする米国の目論見のモデルとなった(Ekbladh 2005)。
 Franklin Delano Roosevelt大統領がTVA設置法に署名したのは1933年5月18日のことだった。
 TVAは電力供給機関として、政府機関および私企業に対して、長期(20年)の電力売買契約を結ぶ権限、送電線未装の地域に送電線をつくる権限、さらに電力の売買および配給に関する規則や規制を定める権限を与えられていた。つまりTVAは電力供給機関であるだけでなく、統制機関でもあったのである。
 今日、TVAは米国最大の公営電力会社として、テネシー渓谷の約850万の顧客を抱えている。TVAの役目は主に電力の卸売であり、小売の電力配給会社158社を顧客とし、また61の工場ないし政府機関に直接電力を販売している。電力源にはダムによる水力発電のほか、化石燃料による火力発電所原子力発電所、燃焼タービン、風力タービンがある。
 1920年代を経て大恐慌を経験した米国人は、水力発電所をはじめとする施設を国有化するという考え方を支持し始めていた。発電所を国有化し、そこで生産した電力を公営の電力配給機関に販売するという考え方は、当時も現在も論争の的になっている(Hubbard, pp. 5-27)。
 多くの国民が、電力会社が私企業だと、公正な運営は見込めず、施設所有者(=会社)が権力を濫用して、結局消費者が損をすることになると考えていた。Rooseveltは大統領選のキャンペーンにおいて、施設にはそれぞれ「利己的な目的」があると主張し、こう付け加えた。「私が大統領である間は、連邦政府が主権を手放し、電力資源の制御を失うことは絶対にない。」1921年まで、電力事業はその94%が発電施設を所有する私企業によるもので、公的な規制は存在しなかった。(このため、1935年に公共事業持株会社法が定められることになった。)テネシー渓谷流域にある私企業の多くが、連邦政府による買い上げの対象となった。この対象とならなかった企業は倒産した。TVAとの競争は不可能だったからである。その後はさらに、TVAとの競争を禁止する法律も可決されることになる。
 他方、保守主義者の中には、政府は発電事業に参与すべきでないと考える人たちもいた。国有化によって、水力発電所が間違った目的に用いられる可能性をおそれたのである。TVAは国営による水力発電所の最初期のものの一つであるが、今日では、米国内の主要な水力発電システムのほとんどは国営である。TVAのような地域機構を作ろうという試みとしては、たとえばコロンビア川流域のコロンビア渓谷開発公社案があったが、これらは失敗に終わっている。
(つづく・・・と思ったけどめんどくさくなったのでやめた)